進行別 がん標準治療
がんの「種類」を見定めることが治療選択のポイント
癌研有明病院
頭頸科医師の杉谷巌さん
のど元にある甲状腺。ここにできるがんが甲状腺がん。
甲状腺がんの大半は、進行の遅いおとなしいがんです。
手術も抗がん剤も何の治療もせず、経過を見るだけでいい場合もあります。
といって、侮ってはいけません。数は少ないけれども、命を脅かす怖いがんもあります。甲状腺がんは5種類ありますが、種類によってその性質も治療法も大きく異なっており、ここが他のがんと大きく違っているところです。
この点に注意して、甲状腺がんの診断、治療法を見ていきましょう。
甲状腺はのどぼとけの直ぐ下に位置する、蝶が羽を広げたような形をした臓器です。片方の羽の長さは4センチぐらいあり、重さは15~20グラムほど。人体最大の内分泌腺で、新陳代謝を調節し、身体に元気をつける甲状腺ホルモンを分泌しています。
甲状腺がんについて、癌研有明病院頭頸科医長の杉谷巌さんは、「甲状腺がんには乳頭がん、濾胞がん、髄様がん、*未分化がん、そして悪性リンパ腫の5種類がありますが、種類によって全く性質が異なるのが特徴です。一口に甲状腺がんといっても、怖くないがんから、生命をおびやかす怖いがんまで色々なものがあるのです」と説明しています。
甲状腺がんの原因はよくわかっていません。チェルノブイリの原発事故のような大量の放射線被曝が甲状腺がんを引き起こすことは確かですが、酒やタバコが危険因子というわけではないようです。ただ、ヨードの摂取量が不足している地域では怖いタイプの甲状腺がんが増えるようです。ヨードは甲状腺ホルモンの材料になる物質ですが、ヨードを十分にとっている地域では、同じ甲状腺がんでも「怖くない」タイプが多いのです。その点、日本は周囲を海に囲まれ、古くから海藻類を食べてきた、世界でも指折りのヨード摂取国です。そのため、日本人の甲状腺がんの大半を性質がおとなしい甲状腺がん、すなわち「乳頭がん」が占めているのです。といっても、われわれがこれ以上海藻類を食べたからといって、甲状腺がんを予防できるわけではありません。ヨードの摂りすぎ(とくにコンブの大量摂取)はかえって、甲状腺ホルモン不足を招くことがあります。
杉谷巌さんの執刀で行われる甲状腺がん手術
ところで、乳頭がんにもわずかですが、怖いタイプのがんがあります。また、未分化がんのようにきわめて悪性度の高いがんもあります。そのために、甲状腺がんで年間1000人以上の人が命を失っていることも事実です。ですから、もし甲状腺がんであると診断されたら、それがどの種類のものなのかを知ることがとても重要なのです。
通常、がんはその進行度によって治療の方針が決められますが、甲状腺がんの場合はがんの種類によって生命に関わるかどうかが大きく左右されます。そこで、治療もがんの種類によって変わってきます。
*未分化がん=細胞の分化が未熟ながんで、増殖がしやすく転移しやすいがん
甲状腺がん治療の現状
手術、放射性ヨード、ホルモン療法が3本柱
甲状腺がんの治療は主に、手術とそれに引き続いて行われる放射性ヨードによる内照射療法および甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌を抑えるTSH抑制療法から成り立っています。甲状腺はヨードを取り込む性質があるので、あらかじめ放射能を発生する性質のある放射性ヨードをカプセルに封入します。手術によって甲状腺を全部取り去った後でこれを内服すると、もしも手術で取りきれていなかった甲状腺がんの転移があった場合、その部分に放射性ヨードが取り込まれて放射線を発生し、がん細胞を攻撃することになります。これが、放射性ヨードによる内照射療法です。
一方、甲状腺刺激ホルモンは、脳下垂体から分泌されて甲状腺に働きます。甲状腺の細胞はその刺激を受けると、甲状腺ホルモンを分泌するようになります。ところが、この甲状腺刺激ホルモンは、甲状腺がん細胞の増殖までも刺激することがあるらしいのです。そこで、甲状腺刺激ホルモンの分泌を抑えて、甲状腺がんの再発を予防しようというのがTSH抑制療法です。実際には、甲状腺の手術のあと、甲状腺ホルモンの薬を若干多めに飲み続けることで、甲状腺刺激ホルモンの分泌が抑制されます。
ただし、放射性ヨードによる内照射やTSH抑制療法の効果が期待できるのは、乳頭がんと濾胞がんに限られています。「どちらの治療法も、甲状腺の*濾胞細胞がもともと持っている性質を利用した治療法です。ですから、がん細胞の悪性度が高く、正常の濾胞細胞の性質を失ってしまっている場合は効果がないのです」(杉谷さん)。
ところで、甲状腺がんの中で最も多い乳頭がんに対してどういう治療を行うかは、まだ国際的に統一された見解に至っていないといいます。アメリカと日本では、治療の方法にまだかなりの隔たりがあるのです。
*濾胞細胞=甲状腺ホルモンを分泌する細胞で、これががん化して乳頭がんや濾胞がんが発生する
甲状腺がんの診断
超音波検査が大きな武器
超音波検査。プローブ(探触子)の
先にゼリーをつけて頸部を検査する
穿刺吸引細胞診。このように甲状腺に針を
刺して細胞をとる。普通、麻酔はしないという
甲状腺がんの多くは、とくに痛みなどの症状をともなわない頸のシコリで発見されています。逆に、声嗄れ、呼吸困難といった強い症状があって発見される場合には、怖いがんである可能性があります。シコリががんなのか良性なのかは、専門家による触診と超音波検査でかなり正確にわかります。さらに、確定診断のために甲状腺のシコリから細胞を注射器で吸引採取し、顕微鏡で調べます。これが、穿刺吸引細胞診です。場合によって血液検査も行われますが、杉谷さんによると甲状腺がんの大多数を占める乳頭がんは、超音波検査と細胞診で、ほぼ100パーセント確実に診断がつくそうです。
こうした検査で甲状腺がんとわかれば、必要に応じてCTやMRIなどで、がんの広がりや転移の有無を調べていくことになります。