無増悪生存期間19カ月、腫瘍縮小率7割の新薬登場
希少がん、されど前進あり。膵内分泌腫瘍の最新治療
専門医である
伊藤鉄英さん
膵内分泌腫瘍──このがんについて、どれほどの人が知っているだろうか。最近では、アップル社設立者の1人、スティーブ・ジョブズ氏がこの病気だったといわれている。希少がんではあるが有望な新たな分子標的薬も登場、治療に大きな前進が見られている。
神経細胞や内分泌細胞ががん化して起こる病気
[神経内分泌腫瘍発症率の年次別推移]
[膵内分泌腫瘍の疫学](2005)
1年間の受療者数 | 有病患者数 (人口10万人あたり) | 1年間の新規発症率 (人口10万人あたり) | |
機能性腫瘍 | 1627人 | 1.27人 | 0.50人 |
非機能性腫瘍 | 1218人 | 0.95人 | 0.51人 |
全体 | 2845人 | 2.23人 | 1.01人 |
膵内分泌腫瘍とは、文字どおり、膵臓にできる内分泌腫瘍のこと。内分泌腫瘍は正確には神経内分泌腫瘍といい、「脳の下垂体、肺、胃、十二指腸、小腸、大腸、膵臓、虫垂などの神経細胞や内分泌細胞ががん化して起こる病気の総称です。つまり、膵内分泌腫瘍は、神経内分泌腫瘍の1つと位置付けられます。最近ではアップル社の設立者の1人、スティーブ・ジョブズ氏が膵内分泌腫瘍で亡くなり、病名が報道されましたが、新規発症率は日本でも10万人に約1人ときわめて少なく、ほとんど知られていないと思います」
九州大学大学院医学研究院病態制御内科学准教授の伊藤鉄英さんはこう説明する。
きわめて少ないがんではあるが、米国の疫学調査、シアー・スタディによると、神経内分泌腫瘍はこの30年間に約5倍に増えている。画像診断の発達などで発見しやすくなったのも理由だが、「患者さんが増えていることは間違いない」と伊藤さん。
一方、膵内分泌腫瘍自体も増えており、伊藤さんたちは05年、日本で初めて膵内分泌腫瘍の疫学調査を行い、年間の推定受療者数は約2845人と報告している。さらに、10年に再調査を行い現在解析中だが、05年に比べ、約1.3倍ほど増えているという。
外分泌と内分泌の働きをあわせもつ膵臓
では、いわゆる膵がんと膵内分泌腫瘍とはどう違うのだろう。
膵臓は十二指腸に隣接し、ブーメランのような形をした臓器。主に膵腺房細胞・膵管上皮細胞と呼ばれる細胞からなり、これらの細胞でつくられる膵液が、細い膵管のネットワークを通じて中央の太い主膵管に集められる。
膵液は25種類以上の消化酵素などからなる消化液で、タンパク質、脂肪、炭水化物などを消化したあと、体の外に排出される。こうした働きを外分泌という。
一方、膵腺房細胞・膵管上皮細胞の間に島のように見える細胞(ランゲルハンス島)がある。血糖を下げるインスリン、血糖を上げるグルカゴンなど、さまざまなホルモンを産出する細胞だが、これらのホルモンは血液中に送り出され、体内でさまざまな作用を及ぼすため、体外に排出されることがない。こうした働きを内分泌という。「膵臓は外分泌と内分泌の両方の働きをもち、たがいにコントロールしあっているユニークな臓器」なのだ。
膵がんは主に膵管、つまり外分泌の細胞から発生するが、膵内分泌腫瘍はランゲルハンス島、つまり内分泌細胞から発生する。内分泌細胞ががん化して増え、ホルモンをどんどんつくり出すと、血液中にそのホルモンが増えてさまざまな症状が現れる。
このように症状の出るタイプを、神経内分泌腫瘍では「機能性腫瘍」と呼ぶ。中には、ほとんどホルモンを産生しないタイプもあり、こちらは「非機能性腫瘍」と呼ばれる。
発見時に遠隔転移していることも多い
日本では膵内分泌腫瘍の約半数が機能性腫瘍で、そのうち、インスリンを過剰に産生するインスリノーマのタイプが約7割、胃酸を分泌させるホルモン(ガストリン)を過剰に産生するガストリノーマのタイプが約2割を占めている。インスリノーマのタイプではインスリンがどんどんつくられるため、低血糖が主な症状であり、ガストリノーマのタイプでは胃潰瘍、食道炎などが起きることがある。
一方、非機能性腫瘍は欧米では全体の15~20%、日本では約50%と多く、症状が出ないため発見が遅れがちな上、稀少がんのため専門医が少なく、さらに診断が遅れることがある。
「神経内分泌腫瘍はそもそも、診断時に約半分が別の臓器に浸潤あるいは転移しており、中でも膵内分泌腫瘍は離れた臓器に転移(遠隔転移)をおこしやすく、手術できない状態で見つかることが少なくありません」
ただし、外分泌細胞にできる膵がんと比較すると、一般的に膵内分泌腫瘍は進行が遅く、悪性度は低いといわれている。あきらめずに治療を受けることが大切だ。