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昨年からハーセプチンも使えるように。新たな新薬登場にも期待
温存と治療予測というメリットも!乳がんの「術前化学療法」

監修:海瀬博史 東京医科大学病院乳腺科助教
取材・文:柄川昭彦
発行:2012年8月
更新:2013年4月

  
海瀬博史さん
術前化学療法の
有効性について詳しい
海瀬博史さん

乳房温存手術が難しい比較的大きながんをもつ患者さんに行われる術前化学療法。術前化学療法は、術後化学療法と比べて、「乳房温存率の向上」と「わずか半年の化学療法で10年後をある程度予想できる」という大きなメリットが確認された。
また、ハーセプチンの登場後、新しい治療薬の開発が進み、医療現場での実用化はそう遠くはないと見られている。

術前でも術後でも生存率は変わらない

[図1 治療の流れ]
図1 治療の流れ

かつて手術できる乳がんの治療は、まず手術を行い、それから再発防止のための術後化学療法が行われていた。ところが、最近は術前化学療法も行われるようになっている(図1)。なぜ術前化学療法が行われるようになったのか、東京医科大学病院乳腺科助教の海瀬博史さんはこう話す。

「手術はできるけれど、やや大きめの乳がんに対して、化学療法を行ってから手術をするとどうなるかを調べる臨床試験が欧米で行われました。比較対象となったのは、従来どおり術後に化学療法を行うグループ。その結果、術前化学療法でも、術後化学療法でも、生存率に差がないことが明らかになったのです」

また、術前化学療法で腫瘍が小さくなると、そのままでは乳房全摘が必要だった患者さんでも、乳房を温存できるケースが増えることもわかった。こうしたメリットもあり、現在では術前化学療法も広く行われるようになっている。

術前化学療法の対象は3cm以上の大きながん

術前化学療法の対象となるのは、乳房温存手術が難しい比較的大きながんである。

「臨床試験を行う場合、術前化学療法の適応とされるのは、腫瘍の大きさが3cm以上で、リンパ節転移がない患者さんです。これが1つの目安になると思います」

直径3cmのがんは、乳房を温存できるかどうか、ギリギリの大きさだという。

「日本人の標準的な乳房の大きさからすると、腫瘍が3cm以上だと乳房温存が難しくなります。腫瘍の周りを含めて切除するので、3cmの腫瘍でも、切除する範囲は直径7cmほどになるからです」

切除部分が大きいと、乳房を温存できても変形が強くなったりする。整容性の面からも、術前化学療法でがんを小さくしておくことには意味がある。

「リンパ節転移があるなどの条件をつけることで、2cmくらいまでが術前化学療法の適応でしょう。1cmではこの治療の対象になりません」

直径1cmの腫瘍だと、そのままで温存手術ができるし、化学療法が不要な人もかなりいる。おそらくこのような人は、術前化学療法を受けても利益はなく、副作用などの害ばかりが増えることになるからだ。

術前化学療法で得られるもう1つのメリット

[図2 術前化学療法で腫瘍が完全に消失した例](MRI画像)
図2 術前化学療法で腫瘍が完全に消失した例(MRI画像)

術前化学療法には、術後化学療法に比べ、優れた点が2つある。

「1つは乳房温存率が向上すること。もう1つは、わずか半年ほどの治療で、10年後の状況をかなり正確に予想できることです」

つまり、術前化学療法が効くかどうかによって、再発するかどうか、ある程度予想がつくというのだ。

「術後化学療法の場合、化学療法終了時に今後再発が起こるかどうかは予測できません。再発がないまま10年たって、少しは安心できるわけです。ところが、術前化学療法の場合、化学療法の結果で再発しにくい人がわかります。わずか半年の化学療法で、10年後をある程度予想できるわけです」

化学療法を行ってから手術が行われるわけだが、術前化学療法がよく効き(図2)、切除した組織を顕微鏡で調べる病理検査を行っても、がん細胞が見つからないことがある。このような状況をpCR(病理学的完全奏効)という。

「術前化学療法でがんが完全に消えた人は、再発しにくいことがわかっています」

10年間たたないとわからなかったことが、半年の化学療法でかなり明らかになる。患者さんにとって、これは大きなメリットと言えるだろう。

乳がんのタイプによって治療成績に差が

[図3 pCR率](東京医大病院乳腺科のデータ)
図3 pCR率(東京医大病院乳腺科のデータ)

戸井ら, Japan Breast Cancer Research Group(JBCRG). Breast Cancer Res Treat. 2008 Aug;110(3):531-9. Epub 2007 Sep 19.より引用

術前化学療法の治療成績は、乳がんのタイプによってかなり異なっている。タイプ分けは、このように行われる。

「ポイントとなるのは、乳がん細胞に『ホルモン受容体があるかどうか』と『HER2タンパクが過剰発現しているかどうか』です。ホルモン受容体があればホルモン療法が効きますし、HER2の過剰発現があればハーセプチン()がよく効きます。この2つの要素を組み合わせ、4タイプに分けます」

それぞれのタイプには、ルミナルA、ルミナルB、HER2タイプ、トリプルネガティブという名称がついている。最近はKi-67という因子の発現状況も重要視されてきた。そして、タイプによって、術前化学療法でがんが完全に消失する割合(pCR率)に、かなり差がある。グラフに示されているのは、それぞれのタイプのpCR率である(図3)。

最も高いのはHER2タイプ、最も低いのがルミナルAである。ただし、この結果から、HER2タイプが治りやすく、ルミナルAが治りにくい乳がんであると結論づけるのは正しくない。実は、最も再発が少ないのはルミナルAなのだ。

「一般的に抗がん剤は細胞分裂に作用するため、増殖の速いがんに効果が大きく、増殖の遅いがんにはあまり効きません。また、がんの増殖にはがん細胞の核の中にさまざまなパスウェイ(経路)があり、ホルモン受容体からの刺激を受けるものもあります。つまり、ルミナルAのがんが完全に消失する割合が低いのは、化学療法に対して感受性が低く、HER2タイプのがんが完全に消失する割合が高いのは、化学療法に対する感受性が高いからです。ホルモン受容体陽性のルミナルAとBは、術後に行うホルモン療法の効果が高く、それが再発を防ぐのに大変役立ちます」

つまり、術前化学療法でがんが完全に消失すれば安心を得られることは確かだが、それだけですべてが決まるわけではない。がん細胞のもともとの性格や、ホルモン療法やハーセプチンが効くかどうかも、重要な要素となってくるのである。

ハーセプチン=一般名トラスツズマブ


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