皮膚がんによる植皮の患者向けセルフケア動画を公開 ――がん・感染症センター都立駒込病院皮膚腫瘍科
「皮膚がんの外科手術では植皮をする場合が多く、植皮部の洗浄は入院中から患者が練習して、退院後は自宅で継続して行う。ただし、これには創部を触ることの怖さや痛みなどにより、患者が自身分でできるようになるまでのハードルが高い」――このような課題への対処として、がん・感染症センター都立駒込病院皮膚腫瘍科が患者向けに入院・手術のオリエンテーション動画を制作。2016年7月に完成し、8月から病院ホームページに掲載、一般に公開している。
移植部の「洗浄」を身に付けて 患者さんに安心して自宅へ戻ってもらうには
植皮は、皮膚がんを切除したところに、体の他の部位から採ってきた皮膚を覆う手術で、今回制作された動画は、局所麻酔下で行う植皮手術を対象としている。このような手術の後5日間は植皮部位の皮膚を生着させるため、皮膚にある程度の圧力をかけて固定する。術後6日目に固定を外し、創部の血液や老廃物を洗う「洗浄」を開始する。洗浄は創部が安定するまで退院後も毎日行うので、患者さんが洗浄の仕方を習得して自宅でも行えるようにする必要がある。
「しかし、この洗浄を患者さん自身が習得するまでには、なかなか難しい面もあります。まず、傷に貼り付いたガーゼを剥がす際に強い痛みを伴ったり、植皮部位を触ることの怖さがあります。さらに、患者さんにとっては、がんと告知され手術を受けたばかりという状況のなかで、洗浄の仕方を医療者の見守りがない自宅でも、自身で行えるようにしなければなりません。不安を抱える患者さんに対して、どうしたらわかりやすい説明・指導を行い、安心して退院していただくことができるかというのが課題でした」(皮膚腫瘍科病棟看護長・逆瀬川純子さん)
このように、皮膚腫瘍科の看護のなかでは、「患者さんに洗浄の仕方を覚えていただき、自宅で適切に継続できるように導くことが、治癒経過に大きくかかわります」(看護担当科長・天野久美子さん)というほど、「洗浄」が重要なポイントである。この洗浄について入院の早い時期から伝え、住み慣れた自宅での生活に患者さんやご家族に安心して戻れるようにするのが、今回の動画制作の目的だった。
動画とチェックリストで その患者さんに合わせたサポートを
動画は2~3分からなる5つのパートに分かれており、「①Dr.吉野、皮膚がんを語る」では、同科医長の吉野公二さんが各皮膚がんの説明と植皮部位の洗浄の大切さを解説。「②入院生活、お見せします」では、術後の食事や歩行、洗浄の開始時期など入院中のスケジュールと注意点を図ととともに概略し、「③傷を洗おう!あわあわ・ごしごし」で、今回のポイントとなる、植皮部位の洗浄の仕方を模擬創で具体的に解説。泡立ったせっけんの量、植皮部位をこする力加減、流水のかけ方などが、実際さながらにわかる。さらに、「④退院後の生活について」「⑤退院後によくある質問ベスト3」では、文字やイラストレーションを用いて、退院後を安心して過ごすポイントが解説される。
患者さんにはこの動画を、入院時の病棟オリエンテーション時と、洗浄開始日に見てもらう。これにより、「洗浄の手技や痛み止めの服用法など、患者さんにはイメージをもって臨んでいただけるので、その方に合ったサポートをスムーズに行いやすくなりました」(同病棟主任・田中由希さん)という。洗浄の際には看護師とともにチェックリストを用い、患者さんがどこまでできたかを一緒に把握していく。
「チェックリストは、洗浄の準備からガーゼでの植皮部位の保護まで、1つひとつの手順について、自身でできたかどうか、看護師のサポートが必要だったかを、毎日印をつけていきます。こうすることで、手技のなかでどの部分が難しいのかについて患者さんと看護師が共有し、退院までの期間を日々一緒に目標をもって臨むことができます。また、患者さんにとっては、手技の獲得が進んでいくことが一目瞭然にわかるので、退院後の生活への自信になります」(田中さん)
退院後も自宅で動画を見て、何度も復習できる。また、ご高齢の患者さんなどで退院後の洗浄にご家族のサポートが必要でも、家族が忙しければ面会時に洗浄の実際を見ていただくのは難しい場合もある。そのようなときには、ご家族に自宅で動画を見てもらい、面会時にフォローする。
患者さんにわかりやすく伝える方法を 院内システム担当と連携して吟味
院内スタッフの自主作成による親しみやすさが随所に表われており、かつ、完成度が高い。
「医療用語はわかりやすい言葉に置き換え、また、ナレーション中のどのタイミングで文字を登場させるかなど、細部にまで気を配りました」。このように話すのは、駒込SPCの荒川泰英さんだ。同社は駒込病院から委託されて医療周辺業務を担っており、荒川さんはそのシステム担当として院内に常駐している。今回の動画制作は、同社の2名が動画制作の技術スタッフとして、2016年4月の制作開始段階からかかわった。
まずは、田中さんたち病棟看護師が昨年制作した入院オリエンテーション動画をもとに、看護サイドが患者さんに伝えたい内容を技術スタッフに知ってもらうことからスタート。「内容をどうしたら的確に患者さんに伝えられるのかを、医療職ではない、初めて入院を体験する人の目線で考えさせていただきました」(駒込SPC・加藤順也さん)
このようななかから、入院スケジュール表をわかりやすく提示する、高齢者が把握しやすいよう文字情報と音声と動画を組み合わせるといった工夫が創出され、シナリオに反映したものを制作チーム全体で何度も吟味していった。
「他職種の異なる視点からアドバイスいただいて、患者さんに伝わりやすい表現について気づいたことがたくさんありました。私たちだけでは難しかった動画制作の実務の面についても、患者さんに好評なのはシステム部門との連携があってこそのことです。患者さんはこれからがんとともに暮らしていくスタートを切るわけですが、洗浄の仕方を覚えていただくなかで今後の生活に自信を得られる、そのような精神的なサポートにもつながるのではないかと思います」(逆瀬川さん)
患者さんに「洗浄」を知ってもらい 広くセルフケアに役立ててもらいたい
この取り組みは、院内*QC活動の一環として、患者満足度と在院日数の面から、効果を測定する準備も行っており、「在院日数については集計段階に至り、8月期ですでに短縮の効果が現れています。今回の動画制作という実践のなかで、入院前から退院まで患者さんが安心できる医療・看護を提供する1つのかたちが実現できたのではないかと考えています」(天野さん)
吉野さんは話す。「一般にはあまり知られていませんが、術後の創部は消毒ではなく洗浄をするというエビデンスが確立しています。植皮部位の洗浄の仕方については標準化された手技が示されておらず、施設ごとにさまざまなやり方がとられている状況です。そのなかで今回の動画は、同院の実践法を広く提示するものです。これにより、洗浄という大切なセルフケアスキルを、当たり前のやり方として安心して患者さんに受け入れていただければと考えています」
「最近は、入院前に病院ホームページで見てくださる方もいます」(田中さん)というこの動画。「近いうちにYOU TUBEで閲覧できるようにする予定」(加藤さん)という。検索エンジンを通してより多くの人が動画を閲覧できるようになるのだ。同院のような皮膚腫瘍に特化した診療科を設けている施設は多くない。皮膚腫瘍の分野で蓄積された看護知識、患者のセルフケアの情報を入手したい医療職にも貴重な情報源になるだろう。
*QC活動=職場内の小グループで自主的に行う品質管理活動。医療の現場では、医療安全、サービス改善など、医療の質向上に向けたテーマ別改善活動をいう