身体機能の改善の他、QOL、倦怠感の改善も
造血幹細胞移植患者のリハビリは「継続する」ことが大切
造血幹細胞移植とは、患者のがん細胞を根絶するため、大量の抗がん薬と放射線治療を組み合わせた非常に強力な治療法となるが、その一方で問題となるのが移植後の身体機能の低下だ。「移植は成功したが、寝たきりになってしまった」では、何のための治療かわからない。そこで今、重要性が指摘されているのが、造血幹細胞移植患者に対するリハビリテーションだ。
移植治療によって身体機能を低下させない
治療後もがんと〝共存〟する患者が増える中、その必要性が急速に認識されるようになっているのが、がん患者に対するリハビリテーション(以下リハビリ)だ。2013年には、日本で初めての『がんのリハビリテーションガイドライン』 1)も出版されている。
注目されているがんのリハビリだが、造血幹細胞移植患者に対するリハビリも、その例外ではない。早期から移植患者のリハビリを導入している慶應義塾大学病院で、日々患者のリハビリにあたっている慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室助教の石川愛子さんはこう話す。
「当院では造血幹細胞移植患者さんに対するリハビリを2000年ごろから行っています。病棟の看護師さんたちから『移植を受けた患者さんの筋力が落ちて転倒したり、ADL(日常生活動作)が低下して動けなくなったりする状況をどうにかできないか』という相談が上がってきたことが、最初のきっかけと聞いています」
造血幹細胞移植は血液がんなどの治療のため、最大耐用量(MTD)を超える大量の抗がん薬を投与し、状況により全身に放射線の照射も行う強力な治療(移植前処置)を行って患者の骨髄やがん細胞を根絶させ、そのあとに正常な造血幹細胞を移植する治療法。自分の骨髄を保存しておいて移植する自家移植や、自分以外の健康な人から骨髄をもらう同種移植といった方法がある。
治療は非常に厳しく、吐き気や倦怠感、粘膜障害、骨髄抑制(血球減少)、感染症、脱毛、臓器障害、神経障害、など様々な副作用が起きる。さらに同種移植では、移植後に移植片対宿主病(GVHD)を合併することもあり、これによる体調不良が加わってしまうこともある。
1)日本リハビリテーション医学会,がんのリハビリテーションガイドライン策定委員会編.がんのリハビリテーションガイドライン. 金原出版. 2013
治療後に寝たきりにならないため
さらに、「環境的にも、無菌室という限られたスペースで1~数カ月過ごすことで筋力を含むいわゆる体力が低下してしまう可能性が高いのです」と石川さん。
限られたスペースで長期間過ごすことは、精神的なダメージを伴うこともある。
そんなに大変なときにリハビリを行う必要があるのかと疑問視する人もいるかと思うが、リハビリを行ったほうが身体的にも精神的にも良好な状態が保て、治療後の日常生活復帰もスムーズにいくことが最近の研究で分かってきているのだ。
したがって、「廃用症候群を防ぐことがリハビリの1つの大事な柱」(石川さん)となる。廃用症候群とは、安静状態が長期に続くことで起こる心身の様々な症状で、具体的には筋萎縮、関節拘縮、床ずれ、立ちくらみ、括約筋障害(便秘、尿便失禁など)といった症状を指す。また、リハビリを行うことで、体力が増強し、活動性が向上するほか、心理的な面でもプラスになることが見込まれるという。
自転車こぎ、ウォーキング ストレッチに筋力トレーニング
実際に何を行うかというと、医師や理学療法士などの指導を受けて、運動を行う。具体的なプログラムを見てみよう(図1)。
多くは移植のための入院時に開始し、初回はリハビリ科の医師が診察をする。医師は現状とリスクを評価して、リハビリを処方する。つまり、どんな運動をどれだけ行ってよいかを決める。この段階でリハビリの重要性を伝えることも大事だという。治療が始まり体調が悪くなってからは、患者としては「そんなことを言われても動けない」としか考えられない。
入院後2週間くらいは各種検査を行う準備期間なので、その間は患者にリハビリセンターに通ってもらい、理学療法士の評価・指導のもと運動してもらうほか、パンフレットを配布するとともに、自主トレーニング内容を指導する。運動の内容としては、筋力トレーニングとストレッチが中心。リハビリセンターでは、トレッドミル(ウォーキングマシン)や自転車こぎのマシンを使って、持久力をつける有酸素運動も実施する。一方、自分でできる自主トレーニングとしては、前屈や開脚などのストレッチや筋力トレーニングなどで、❶ベッドで寝た状態で行えるもの❷座った状態で行えるもの❸立った状態で行えるもの、の3つのパターンに分かれているという(図2)。
「〝自主トレーニング〟と聞くと難しいものを想像してしまうかもしれませんが、例えば、ベッドに寝たまま、脚を持ち上げるといった、簡単な運動になります」
そして、いよいよ移植前処置が始まると、無菌室から出られなくなる。
「移植前処置の前日から移植後1~2カ月の期間は、理学療法士が患者さんのベッドサイドにうかがって訓練を行う形になります。運動内容は引き続き、筋力トレーニングやストレッチがメインになりますが、患者さんの体調がどれ位かによって、その内容は増減します」
慶應義塾大学病院の無菌室には、個室のほか、共用スペースがあり、そこには自転車こぎのマシンやトレッドミルも置いてある。体調が許せば、理学療法士の指導のもと、リハビリや上限を設けての自主トレーニングを行っているという。
移植後移植片が生着し、造血機能や全身状態がある程度安定したら、無菌室から再びリハビリセンターに移り、退院まで訓練を行う。筋力や骨関節などに問題があり、生活や運動に配慮が必要な患者の場合は、退院後に外来でフォローすることもあるが、基本的には退院時にリハビリは終了となる。
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