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がん治療と就労の両立支援に何が必要か 「がんと告知されても、すぐ仕事は辞めない!」

監修●遠藤源樹 順天堂大学医学部公衆衛生学講座准教授
取材・文●黒木 要
発行:2018年12月
更新:2019年7月

  

「患者さんの就労を支援するための医療機関と企業との〝架け橋〟になるツールを開発中です」
と話す遠藤源樹さん

がん患者の3分の1は就労世代で、治療中や治療後も働きたいと希望する人が増えている。だが支援体制は職場によって様々で、復職しても通院や体調が不安定などの理由で、依願退職や解雇に至るケースが少なくない。国も力を入れているがん患者の治療と仕事の両立支援はどこまで進んでいるのか?

現在、「がん患者の就労継続および職場復帰に資する研究」など、国の研究班で班長を務めている順天堂大学医学部公衆衛生学講座准教授の遠藤源樹さんに話を伺った。

『順天堂発・がん治療と就労の両立支援ガイド~Cancer and Work~』

日本初の、がん患者大規模就労実態追跡調査を実施

2007年に施行された「がん対策基本法」に付随して、具体的な目標を定めるがん対策推進基本計画。そこに「がん患者の就労を含めた社会的な問題」が追加されたのは2012年である。その後、2016年には「がん対策基本法」が改定され、「事業主は、がん患者の雇用の継続等に配慮するよう努める」と明記された。

だが、がん治療と仕事の両立支援の取り組み状況は、企業によって様々で温度差がある。

「2013 がん体験者の悩みや負担等に関する実態調査」(「がんの社会学」研究グループ)によると、依願退職した人の割合は、2003年も2013年も30.5%、解雇された人の割合は同じく4.2%と4.1%。この数値を見れば、がん患者の就労支援体制は10年間、全く改善されていないことになる。

順天堂大学医学部公衆衛生講座准教授の遠藤源樹さんは、2000年から2011年までの12年間に、がんと診断された大企業の正社員1,278人について、日本で初めての「がん患者大規模就労実態追跡調査(コホート研究)」を実施。対象となったのは、「療養が必要」と記載された医師の診断書を職場に提出した1,278人で、手術や抗がん薬治療などにより治療、治療による体力低下や副作用などで1カ月以上の療養が必要となった社員が多く含まれていた。

「オランダなどの先進国では、がん患者さんの就労実態追跡調査の研究が発表されていますが、日本では、働くがん患者さんのインタビュー調査やWebでのアンケート調査などの断片調査ばかりで、時間的に追いかけたものは皆無に近い状態でした。

復職率や退職率などの値を統計学的に正確に算出するためには、がんと診断された時点から、その後の治療の推移、職場復帰後の勤続状態などの時間経過を踏まえての追跡調査が必須なのです。データは、主治医の診断書をベースとした、がん治療に伴う病休とその後の復職等のデータベースを用いて収集しており、極めて信頼性が高いものです」とこの調査の意義を語る。

復職までの病休期間はがん種によって大きな差

調査対象1,278人のうち、フルタイム勤務での職場復帰率は、がん治療による病休開始日から6カ月以内が約47%、1年以内は約62%であった。時短勤務まで含めると、1年以内の復帰率は81%になった。残り19%は、退職(解雇を含む)、死亡、病休継続をしている人たちである。

フルタイム勤務で復職するまでに要した病休期間は、全体で201日(約6カ月半)、時短勤務での復職は80日(約2カ月半)だった。

そのなかで、時短とフルタイムでの復職までの病休日数は、がん種ごとに大きな差があった(図1)。

この結果について遠藤さんは次のように解説する。

「1年以内の職場復帰率が、時短勤務を含めると81%と高い水準であることは予想外でした。ただし、今回の調査対象は大企業の正社員という、就労支援に恵まれた、治療と仕事の両立支援に前向きに取り組んでいる企業が数多く含まれています。中小企業の場合、これほど高くはないと見られています。

中小企業のがん患者さんが復職しやすくするための重点項目として、十分な病休期間の設定(身分保障期間を短くとも1年間に延長するなど)、短時間勤務制度を導入することです。企業として難しい場合は、カムバック制度(定年に達しない社員が一度退職して、一定期間後に就職する制度)などを導入することにより、がん患者さんの治療と就労の両立がしやすい社会になるはずです」

この遠藤さんの解説は、次の調査結果も踏まえてのことだ。

復職が叶ってから、5年間継続して仕事を続けられた割合は51.1%だった。

この5年勤務継続率について、遠藤さんは「がん患者全体の5年相対生存率が約65%であることを考慮すると、かなり高率です。十分な病休期間や短時間勤務制度などの条件が整えば、がん患者さんの2人に1人は、復職日から5年後も、治療と仕事を両立させながら勤続しているということですから」と言う。

なおこのデータのもとになった社員は、病休日数が年次有給休暇では足りずに、「療養が必要」という医師の診断書を職場に提出した後、復職した社員たち。職場には早期のがん患者も多くいるわけで、実際の5年後勤務継続率は、この数字よりずっと高いはずだ。

「中小企業のがん罹患社員の5年勤務継続率は、図のオレンジ色の線のように20~30%程の低い数字だと思われますが、今後、中小企業でも十分な病休期間や短時間勤務制度などの支援制度を整備していけば、5年勤務継続率の線は、大企業の5年勤務継続率の青色の線により近づくと考えられます」(図2)

復職日から2年間が、がん治療と仕事の両立には最重要

復職を果たした社員が、その後再発や治療に伴う疲労、痛み、食欲低下、治療の副作用、合併症などにより働くことが出来なくなった場合、2つの選択肢になる。主治医の診断書による再病休か、依願退職のどちらかだ。

そのうち、復職から5年以内に上記の理由により再病休した率(5年再病休率)は 38.8%であった。同様に復職から5年以内に依願退職した率(5年依願退職率)は10.1%であった。着目すべきなのは、復職日から1年後までに再病休全体の57.2%、復職日から2年までに再病休全体の76.3%が集中していることだ。

つまり、復職日から1年間働き続けられたら、「がん治療と就労の両立の壁」を半分乗り越えたことになり、復職日から2年間働き続けられたら「両立の壁」を約3/4乗り越えたことを意味する。これは、がん患者の就労支援の現場である企業にとっても、よい目安となるデータである。

企業は社員が復職からの2年間(難しければ1年間だけでも)、仕事への配慮(身体への負荷が少ない作業への変更、病休付与制度、短時間勤務制度。企業により在宅勤務制度など)を施すことができれば、社員の復職後の離職率はかなり減らせる可能性が高いことが示唆されたデータだからだ。

遠藤さんは、今まで100社以上の産業医の経験を踏まえて次のように述べる。

「復職後2年間、それが難しいのであれば1年間、短時間勤務制度を柔軟に適用したり、立ち仕事からデスクワークへの配置転換を考慮したり、体調に対応できるような突発休制度を期間限定的に認めるなどすれば、約半数の社員が、がん治療と仕事を両立できると考えられます。

がん治療を続けながら働こうとする社員に対して、企業がどう就業支援をしたら良いのか困惑することが多い現在、このようなデータをもとに、就労支援の具体策を展開してもらえたら、2人に1人以上のがん患者さんが働き続けられる社会になると思います」

復職後の5年依願退職率10.1%は、低いのか?

「メンタルヘルス不調で休職した社員の復職後の退職率と比べてもかなり高率です。がんで依願退職する社員の場合、『働き続けたいけど、体力が難しい』『職場にいつまでも、迷惑をかけられない』と感じて、自ら退職を選んでいるケースが多いように思います」と遠藤さんは言う。

がん種により、復職後の5年勤務継続率が大きく異なることもわかった。例えば、肺がん(男性14.2%)や食道がん(男性28.7%)等は低かったのに対し、前立腺がんなど男性生殖器がん(73.3%)、子宮など女性生殖器がん(67.8%)、乳がん(63.4%)、胃がん(女性63.1%、男性62.1%)は高く、がん種によって、5年勤務継続率に大きな差を認めた。

とくに、乳がん、子宮がん、精巣がん、胃がんであれば、復職後の平均勤務年数は10年を超えており、乳がん、子宮がん、精巣がん、胃がんの社員であれば、復職後の2年間を乗り切れば、徐々に普通に働けるようになる可能性が高いことを、このデータが示唆している。

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