低線量被爆問題 被曝から自分や大切な人を守るために知っておくべきこと
何に気をつけ、何をしてはいけないのか?
しまむら よしき
11歳で開放隅角緑内障のため、両眼に手術を受けたことを機に「病気を薬で治す」ことを決心。その後、製薬会社に入社。RECIST(固形がんに対する抗腫瘍効果の判定基準) 制定の産業側代表。1988 年、千葉大学大学院薬学研究科博士前期課程修了(薬学修士)
2011年3月11日、東日本大震災が起こりました。その震災の影響で、福島第1原子力発電所が制御不能の事態に陥っています。
今回の原発事故から、自分や大切な人たちを守るためにはどうすればいいのでしょうか。
何に気をつけ、何をしてはいけないのでしょうか。
対岸の火事とは思えなかった東日本大震災
2011年3月11日の午後2時46分、私は大阪市内にあるビルの26階にいました。関東地方育ちで比較的地震に慣れていましたので、その時点では、「大阪でも大きな地震が起こるんだ」といった程度にしか思っていませんでした。
しかし新幹線が止まってしまったため、急きょ泊まった新大阪駅近くのホテルで観た報道番組で、その地震は、東北地方や関東地方に津波も含め、大きな被害をもたらした大震災であったことを知りました。
この震災が起こる10日ほど前に仙台空港を使って仙台市内に移動、その後に福島市、盛岡市と出張したこと、関東地方の実家周辺の震度は6弱で屋根瓦がすべて落ちてしまったこと、仙台市内や盛岡市内に友人や恩師がいること等々、東日本大震災を対岸の火事と思うことはできませんでした。
最初の取り上げ方が小さかったせいか、今となってはこの胸を締め付けられる事実を最初に知ったのがいつだったかは覚えていませんが、福島第1原子力発電所が想定を超えた高さの津波で被害を受け、制御不能になっているらしいという報道が頻繁にされるようになりました。
私は学生時代に、「ムラサキツユクサを用いた放射能の研究」で、世界的に有名な埼玉大学名誉教授である市川定夫さんの放射線生物学に関する講義を受け、核物理学や核化学に関連する分野についても学んでいましたので、それから起こるであろうことが想像できました。
その想像が現実となってしまった今、科学者、そして家族を持つ者として、今回の原発事故から、自分や大切な人たちを守るためにどうすればいいのかを考えざるを得ませんでした。
原子力ってなに?
原子力とは、文字通り原子が持っている力のことです。水はH2Oと表記されますが、これは水素(H)原子が2つと、酸素(O)原子1つがつながっていることを表しています。
原子は中心部に陽子と中性子からできている原子核(中心にあるので「核」といいます)と、その周りを回っている電子からできています。
例えば、酸素の原子核には、8つの陽子と8つの中性子があり、その周りを8つの電子が回っています。この様子を親戚が集まって生活している状態に例えて考えてみましょう。
通常は真ん中に8つの陽子(同じ性格の大人8人)と8つの中性子(陽子とは別の、同じ性格の大人8人)が集まった状態のところで、その周りを8つの電子(8人の子供、電子は重さが陽子や中性子より軽いので、8人の子供とします)が回っていて、平穏な毎日を過ごしています。もしそこに、急に見知らぬ中性子がやってきて、狭い原子核のなかで生活を始めたとしましょう。
すると、それまでは平穏だった暮らしのバランスが崩れてしまい、原子核から陽子と中性子がそれぞれ2つずつ一緒に飛び出してしまったり(これがアルファ線と呼ばれる放射線です)、原子核の周りにいる電子(子供)の居心地が悪くなって飛び出したりしてしまいます(こちらはベータ線と呼ばれる放射線です)。
あるいは原子核全体の雰囲気が悪くなって、喧嘩が起こっているような状態になり、核から怒りのエネルギーのようなもの(これをガンマ線と呼びます)が放出されたりします。
放射性物質 | 放出される放射線 |
ストロンチウム90 | ベータ線 |
ヨウ素131 | ベータ線 |
セシウム137 | ベータ線 |
プルトニウム239 | アルファ線、ガンマ線 |
ここでは、身近な酸素を例にしましたが、原発事故では核にもっと多くの陽子と中性子が同居し、その周りにも、多くの電子が回っているセシウム137(この137という数字は、陽子と中性子の数の合計です)や、ヨウ素131でこのような状況が起こっています。
通常、原子力発電所では、このような原子から出てくるエネルギーを熱に変え、その熱を使って水を加熱し、圧力の高い水蒸気でタービンを回転させ、電気を作っています。
ベクレルとシーベルトの違い
アルファ線やベータ線の健康への影響を考える前に、よく耳にするベクレルとシーベルトの違いについて見ておきましょう。
ベクレルという単位は、セシウム137やヨウ素131など、放射線を出す性質(放射能)を持った物質が出す、放射線の量を表す単位のことです。
一方、シーベルトは、放射線の種類が臓器に影響を与える程度や、放射線によって受ける臓器ごとの影響の違いを考慮した値なので、人体に対する影響を知る場合は、シーベルトのほうがより重要です。
ちなみに、シーベルトの前に、ミリやマイクロといった単位が付きますが、ミリのほうがマイクロより1000倍高い値を示します(マイクロ=ミクロということで、マイクロのほうが小さいと覚えるといいでしょう)。
医療上の放射線量と事故による被曝量との比較は無意味
私たちはその放射線を普段から浴びている
[日常生活と放射線]
よく、日本とニューヨークを飛行機で往復すると0.2ミリシーベルト被曝することや、通常に生活している場合でも、年間で2.4ミリシーベルト被曝していることなどが、比較の数字として出されますが、この数字のトリックに惑わされてはいけません。
というのは、宇宙ができ、生命が誕生して以来、放射線は常に存在し(これを自然放射線と呼びます)、現在生きている人間や生き物は、この環境に順応したものだけが残っているので、原発事故によって人工的にできてしまった放射線を発する原子には適応していないからです。
また、胸のレントゲン1回で0.05ミリシーベルト被曝するとか、身体全体を輪切りにしたような状態でレントゲン写真を撮るCTスキャンでは、1回に6.9ミリシーベルト被曝するなどと比較もされます。
しかし、検査を実施するときは、検査によって病気が発見できるといった利点と、検査によって被曝してしまうという不利な点の両方を比べて、発見による利点が上回る場合にのみ実施されています。ですので、不利な点しかない原発事故による被曝を、検査による被曝と比較するのも、こじつけになってしまいます。ただし、利益と不利益を比較しているとはいえ、最近アメリカなどでは、CT検査による被曝の不利益が指摘されているのも事実です。
医療の話題になりましたので、放射線治療を受けている人が、原発事故による被曝を受けた場合のことを考えてみましょう。
放射線治療の場合、目的の部位だけを狙って、より多くの量の放射線を当てて治療を行います。これに比べ、原発事故によって放出されている放射線量はきわめて低いので、治療に影響することはないと考えられます。
放射線は身体にどのように作用しているのか?
放射線の標的となるのは、細胞のなかのDNAです。DNAには遺伝情報が書かれていて(A、G、C、Tと略される4つの核酸塩基の並び方が遺伝情報になります)、2重のらせん構造をしています。
放射線は、らせん状の鎖を切ったり(1)、遺伝情報の元になっている核酸塩基を変化させたり(2)、細胞のなかの水に作用して、活性酸素を作り、その活性酸素がDNAに傷を付けたりします。放射線の量が多いとDNAの鎖は2本ともに壊されてしまい、細胞の増殖ができない状態になります。
もし、これが血球の素もとを作っている骨髄で起こると、白血球ができなくなり、感染しやすくなったり、血小板ができなくなって出血しやすくなります。また皮膚で起こった場合には、脱毛や皮膚の潰瘍、眼で起こると白内障を起こします。これらが「直ちに」症状が出る状態です。
また、放射線の量が微量で、DNAに付いた傷が小さい場合には、傷ついた部分を取り外し、正常なものに入れ替えるしくみが備わっていますが、傷の程度がそれを上回ると正常なものに交換することができず、傷が残ったままになってしまい、その結果、がんになる可能性が増えたりします(これが「直ちには影響が無い」)という状態です。