鎌田實メッセージ 放射線とがん特集
日本全体がメルトダウンしないために

鎌田 實 諏訪中央病院名誉院長
撮影:板橋雄一
発行:2011年9月
更新:2013年4月

  

鎌田實さんが、先ごろ、原発事故に関する本を上梓した。チェルノブイリで長年、甲状腺がんや小児白血病の子どもたちの治療に関わってきた鎌田さんは、事故発生以来、毎日、ブログに所感を発表してきた。鎌田さんは原発事故の先に何を見たのか──。

自分を含めてなさけない

鎌田 實

『なさけないけど あきらめない』は、福島の人たちの命を守りながら、日本全体がメルトダウンしないための途を探す目的で書きました。タイトルの「なさけない」には、まず自分自身がなさけない、という気持ちを込めています。この20年間、チェルノブイリに関わってきたのは、もう2度とこのような悲劇を世界のどの国にも起こさせたくない、だからそこで起きた事実を克明に見続けよう、という思いからでした。

これまでに94回、医師団を派遣し、チェルノブイリで被曝した子どもたちの命を救いながら、原発事故の現実を見てきました。にもかかわらず、お膝元の日本で原発事故を阻止することができなかった。そのことに無力感を感じると同時に、なさけないという思いを禁じ得ません。

また、情報公開が遅れるなど、事故対応が後手後手に回った政府、現場は命懸けで対応しているのに、首脳陣が精一杯の対応をしたようには見えなかった東京電力、「安全神話」の片棒をかつぎ、「だいじょうぶだ」と言ってきた「原子力村」の学者たちに対して、なさけないといわざるを得ない。

チェルノブイリに匹敵

最近、牛の被曝の原因となった汚染した稲わらが、原発から80キロ離れた白河や、150キロ離れた宮城県北部の登米市や岩手県南部でも見つかっています。また、200キロ近く離れた千葉県柏市のゴミ焼却炉の灰や、250キロ離れた神奈川県の足柄茶が汚染されていました。原発事故直後の3月半ばに、かなり広範囲に汚染が広がったことを物語っています。

チェルノブイリでも200~300キロ離れた地域に、ホットスポットの村があり、住んではいけない村に指定されています。チェルノブイリでは、1平方メートルあたり148万ベクレル以上の汚染地域を、居住禁止地域としましたが、その地域は3100平方キロに及びました。福島ではそれが600平方キロに及んでいます。福島はチェルノブイリに匹敵する深刻な事故だったわけですが、その対応は日本のほうがダメだという印象を持っています。

チェルノブイリでは、I-131という放射性ヨウ素によって、6000人の子どもの甲状腺がんが発生しました。その発生のピークは、事故から5年後でした。その主たる原因は、汚染された牧草を食べた乳牛からつくられたミルクによる食物連鎖でした。

がん発生率が高まる?

日本でも今後、子どもの甲状腺がんが出るかどうかですが、I-131は半減期が8日と短く、4カ月以上経った今では、ほとんど消えています。問題は3月中旬にどの程度I-131が放出されたかです。このデータは出ていませんが、子どもが甲状腺がんになるといわれる、100ミリシーベルトを超えて浴びていることはないような気がします。

対応策として安定ヨウ素剤を住民に配った自治体は1カ所だけですから、のちに子どもの甲状腺がんが発症してくる事態になれば、政府・自治体の失態ということになるでしょう。

いま危険なのはセシウムです。148万ベクレル以上の汚染地域が600平方キロに及び、ホットスポットは原発から20キロゾーンの外側にも点在しています。セシウムを100ミリシーベルト浴びると、がんの発生率が0.5パーセント高まるといわれています。チェルノブイリでは9000人ががんになったというデータがありますが、日本でも今後、がんが増える可能性があります。

「超原発」社会を目指せ

私は以前から、「超原発」ということを言ってきました。経済は大事で、若者の雇用を確保する必要もありますが、原発より低コストで安全なエネルギーがあれば、経済界も納得して脱原発に向かうはずです。日本は叡智を結集して、原発を超えるエネルギーを創り出すべきです。現在、電力を創り出すために輸入しているウラン・石油・天然ガスは、年間23兆円にも達しています。その中の10兆円でも全国のクリーンエネルギー開発に投入されたら、地方は活性化するはずです。あきらめてはならない。

原発は決して低コストではないことが、今回の事故ではっきりしました。スリーマイル島の事故では、核燃料を取り出し完全に廃炉にするまで10年かかりました。チェルノブイリは事故から4半世紀経ったのに、まだ収束していません。福島もまだ見通しが立てられない状況です。さらに、「もんじゅ」や六ヶ所村の再処理工場など、動いていない施設もあります。

日本が工業立国として生きていくために、事故の起きない原発を目指すのはもう無理です。世界に日本はさすがだと思わせるには、自然エネルギーシステムの開発が必要だと思います。ドイツが10年後に原発をやめるというのなら、日本は6~7年後にやめられるよう、国を挙げて新しいクリーンエネルギーの開発に取り組むべきです。「超原発」にこそ、工業立国、技術立国としての生き方があります。

がん医療と対極の世界

鎌田 實

  『なさけないけど あきらめない』
(朝日新聞出版)

今回の原発事故によって、日本の民主主義が問われています。原子力安全委員会のメンバーに反原発の人を入れ、原子力に関する専門家たちが、同じ土俵で議論を深め、情報公開も、もっとオープンに行っていたら、津波によって全電源を失う事故は防げたかもしれない。

がん医療の世界では、患者さんにがんを告知し、治療法を自己決定してもらう、患者さん本位の仕組みを、苦労しながらつくってきました。原発の世界は、原発推進の学者たちが「原子力村」に閉じこもり、「安全神話」で国民をミスリードしてきました。その姿勢は、がん医療の世界とは対極にあると思います。

がん医療の世界は、生と死が混在する極限の世界です。そこで医師たちが辿り着いたのは、患者さんの「信頼」と「納得」を得ることの大切さでした。そのために情報公開と自己決定が必要でした。それがあれば、万が一、助からないときでも、患者さんは納得できる。「信頼」「納得」「発想の転換」「絆」を土台にして困難な時代をどう生きるかを書きました。『なさけないけど あきらめない』を多くの人に読んでもらいたい。


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