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祢津加奈子の新・先端医療の現場19

細胞シートで食道がん治療後の粘膜を再生

監修●大和雅之 東京女子医科大学先端生命医科学研究所教授
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年9月
更新:2019年8月

  
大和雅之さん
細胞シートを始めとする
再生医療の第一人者の
大和雅之さん

食道がんの内視鏡手術後に発生する潰瘍は、食道の狭窄を招き、患者を悩ませる。ところが、東京女子医科大学先端生命医科学研究所教授の大和雅之さんによると「細胞シートを絆創膏のように傷口に貼るだけで、潰瘍は治る」という。細胞シートを用いた再生医療が、がん治療の分野でも画期的な進歩をもたらしつつあるのだ。

瀕死の少年を救った細胞シート

再生医療などまだ遠い話と思っている人も多いはず。しかし、細胞シートを使った再生医療はがんから歯周病まで臨床研究が進んでいる。

細胞シートは、細胞を培養してシート状にしたもの。最初にこの言葉が注目されたのは、1983年のことだ。ボストン中心部にある熱傷病院に全身の95%以上に熱傷をおった兄弟が運び込まれた。皮膚は、感染を防ぐと同時に体液の蒸散を防ぐバリア。全身の7割以上の皮膚が損傷を受けると、死に至る。

少年たちの命も絶望的だった。ところが、このとき表皮の角化細胞を使って皮膚の培養研究をしていたのが当時マサチューセッツ工科大学に在籍したハワード・グリーン博士だった。彼は、脇の下に残ったわずか2㎝四方の皮膚を培養して、子供たちに移植。見事にその命を救ったのである。

ここから、細胞シートによる再生医療がスタートしたのだ。東京女子医科大学先端生命医科学研究所教授の大和雅之さんたちは、「当時は皮膚科で表皮の細胞シートを作っていたのですが、細胞をシート状にすれば角膜や粘膜、臓器、神経など相当のところまで応用できるのではないかと思っていました」と語っている。

温度ではがれる細胞シート

こうして皮膚の表皮(角化細胞)を培養する技術はできたものの、まだ問題があった。細胞シートは、専用の培養シャーレで細胞を培養して作る。できた細胞シートを剥がすのに、ディスパーゼというタンパク分解酵素を使っていた。

このタンパク分解酵素を使うと、シャーレから細胞シートは剥がれるが、大和さんによると「表皮のように重層構造をしていればいいのですが、血管の内皮細胞のように一層しかないと、細胞がバラバラになってしまう」のだという。

つまり、細胞シートにできる細胞が限られていた。

[細胞シートの取り出し方]
細胞シートの取り出し方

温度変化を利用することで細胞シートの技術は実用できるようになった

細胞シートをもっと上手にはがす方法はないのか。これに応えたのが、東京女子医大の先端生命医科学研究所のグループだった。

1990年、同研究室は温度によってシートがはがれる培養器材を開発したのだ。大和さんによるとこの培養器材では「37℃で培養しているときは器材に付着し、20~25℃の室温に下げると、自然に器材からはがれる」のだそうだ。

こうした温度応答性培養器材が開発され、多くの種類の細胞をシート状に培養できるようになったのである。

まずは角膜の培養から

大和さんたちが、まず注目したのは角膜だった。日本では、細胞シートの移植を必要とするような重症熱傷の患者さんは少ないが、角膜は海外から輸入するほどニーズが高い。しかも、角膜移植はうまく移植しないと視力はあがらない。

大和さんは「角膜は3層構造で角膜上皮細胞は、皮膚の上皮細胞と似ているので細胞シートができるのではないか」と考えた。そこで、95年からウサギで角膜の培養研究を開始。

2002年12月には、大阪大学の眼科と協力し、第1例目の患者さんの治療を行った。患者さんは、重度の角膜疾患で、角膜が濁り視力を失っていた。そこで、反対側の正常の目から2㎜角の角膜を採取。ここから角膜上皮幹細胞を分離して温度応答性培養器材で培養。混濁角膜上の瘢痕組織を取り除いて角膜の細胞シートをはりつけた。これで、著しく低下した視力が回復したのである。

病気などで、両眼とも悪い場合は、患者さん本人の口腔粘膜の上皮細胞を使って細胞シートを作成。これを角膜の代わりに貼って、視力の回復に成功している。


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