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祢津加奈子の新・先端医療の現場15

下肢のリンパ浮腫を防げ!リンパ管温存するリンパ節切除術

監修●北 正人 神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科部長
取材・文●祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2012年5月
更新:2019年8月

  
北正人さん
「つらい下肢のリンパ浮腫の
改善に努めたい」と話す
北正人さん

卵巣がんや子宮がんなど婦人科がんは、リンパ節の郭清によって下肢のリンパ浮腫が起こりやすい。こうした患者さんの苦しみを少しでも軽減しようと、神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科部長の北正人さんは、リンパ管を温存してリンパ節だけを取る手術を実施している。

下肢のリンパ浮腫

[リンパ節郭清術の比較]
リンパ節郭清術の比較

従来は血管を包む血管鞘や脂肪組織ごとリンパ管やリンパ節をとっていた。北さんは、リンパ管の流れを追い、リンパ節だけを切除する

乳がん手術では、センチネルリンパ節生検()が普及し、不要なリンパ節郭清()が避けられるようになった。それによって、腕や手のリンパ浮腫に苦しむ人も減っている。

その一方で、卵巣がんや子宮がんなど婦人科がんでは、まだ確立された方法はなく、リンパ節郭清によって、下肢のリンパ浮腫に悩む患者さんも決して少なくない。

これを何とか軽減しようと、神戸市立医療センター中央市民病院産婦人科部長の北正人さんが試みているのが「リンパ管」の温存術。リンパ節は従来どおりに切除するが、リンパ液の通り道であるリンパ管は、できる限り残してリンパ浮腫を防ごうという考え方である。

この日の午後、手術室に搬送されてきたのは、子宮に特殊な肉腫ができた患者さんだ。CTでは、肉腫の大きさはすでに8~9センチを超えており、あまりタチの良い肉腫ではない。

「肉腫の場合、リンパ節郭清を行うエビデンス(根拠)はまだないのです。もし開腹して転移が明らかならば通常のリンパ節郭清を行いますが、リンパ節に腫れが認められなければ、病理診断のためにリンパ節だけとってリンパ管は温存します」というのが、北さんの手術計画だ。

センチネルリンパ節生検=がん細胞が、リンパ管を通って最初に流れるセンチネルリンパ節を検査し、ここに転移がなければ、その先のリンパ節にも転移がないと判断される。これによって不要なリンパ節切除を防ぐことができる
郭清=リンパ管、リンパ節を脂肪や血管などまるごと取り除くこと

リンパ管を残すリンパ節郭清

午後1時半、患者さんの下腹部にメスが入れられた。大網や小腸の下に、ふくらんだ子宮が見える。すでに、肉腫は子宮から腟に飛び出していた。

北さんは眼鏡のようなルーペを装着。卵巣動脈や子宮動脈を縛って結び、子宮を腟から切断。肉腫は子宮ごと摘出された。北さんによると、「あまり周囲の組織に浸潤もなく、血管もそれほど多く巻き込んでいなかった」という。そのため、子供の頭ほどもある肉腫は、わりあいすんなりと摘出されたようだ。

安全のために腟を追加切除して縫合。いよいよ骨盤内のリンパ節郭清が開始された。

「術前の検査ではリンパ節転移の所見はなく、術中の所見でもはっきりしたリンパの腫れはみられなかった」のと、「肉腫の場合、リンパ節郭清はおよそ子宮体がんに準拠して行っているのですが、病巣の摘出が1番の治療であって、広範囲のリンパ節郭清は腸閉塞やリンパ浮腫の出現頻度を高めるだけ」という意見もある。そのため、今回は「病期診断目的で骨盤内のみ選択的にリンパ管を温存してリンパ節郭清」が行われることになった。

通常のリンパ節郭清では、血管周囲に脂肪と一緒に絡みついたリンパ管およびリンパ節を、血管をくるむ鞘ごと剥がし取ってしまう。しかし、北さんはまず膜を切り開き、血管周囲にまきついた脂肪組織をほぐすようにかきわけ、1つひとつリンパ節のみを露出させて摘出していく。

こうして、リンパ節は除去してもリンパ管、とくに「足にいくリンパ管を残していく」のが、北さんが開発した方法だ。この日は、11カ所から計42個のリンパ節が切除された。

リンパ浮腫恐怖症の患者さんもいる

従来法と比較しても、摘出されたリンパ節は、ほぼ同じであることがわかった

従来法と比較しても、摘出されたリンパ節は、ほぼ同じであることがわかった

婦人科がんの場合、通常の手術ならば軽度のリンパ浮腫が10%ぐらいの人に現れるが、徹底的にリンパ節郭清をして放射線を照射すると、ほとんどの人にリンパ浮腫が起こる。

「足が象のように腫れる人はいませんでしたが、徹底的にリンパ節郭清を行うと、やはり滞ったリンパ液を流すために理学療法が必要になってました」と北さん。逆に、最近はリンパ浮腫恐怖症で、長時間歩いたり、立っていることが怖くて外出できなくなる人もいるそうだ。

リンパ浮腫を何とか軽減したいと考えた北さんが、リンパ管を温存したリンパ節切除術を考案したのは、3つの理由からだった。

まず、北さんの恩師はルーペを使って詳細な子宮頸がんの手術をする人だった。産婦人科医でルーペを使う人はまだ少ない。北さんも、以前のリンパ節郭清手術ではリンパ節の細かい解剖はあまり意識せず、主要血管からリンパ節を含んだ血管鞘・脂肪組織を一塊として剥ぎ取ることがリンパ節郭清だと理解していた。ところが、自分もルーペを使って手術をするようになるとリンパ節の詳しい解剖がだんだんわかってきた。

さらに腹腔鏡を使いリンパ節郭清を行うようになると、レンズを通してさらに近くでリンパ節の解剖が観察できるようになったという。

「これらの方法で詳細な局所解剖がわかれば、リンパ節とリンパ管や他の周囲組織との区別が可能です。診断目的でのリンパ節郭清では、病理で調べるのはリンパ節に転移があるかないかです。それならば、リンパ管は残しても良いのではないか、と思ったのです。また、リンパ浮腫の治療のために、一生懸命形成外科の先生がリンパ管をつないでいるのをみて、リンパ管機能の重要性を知り、また、断裂したリンパ管も残せば再生するのではないかとも思いました」と北さんは語る。


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