免疫力アップで照射部位から離れた病巣でもがんが縮小 アブスコパル効果が期待される免疫放射線療法
放射線治療は局所の病巣に正確に照射することが常識だが、その効果は照射部位だけにとどまらない可能性が注目されている。離れた転移巣にも免疫の増強を介して効果があるケースを〝アブスコパル効果〟と呼び、免疫治療薬などとの組み合わせ(免疫放射線療法)でさらに効果が高まることが期待されている。その研究の最先端を専門家にうかがった。
現場では知られていた〝アブスコパル効果〟
「放射線治療の歴史は約120年になりますが、がん治療に用いられた比較的早期の段階から、現場の医師たちの感覚では遠隔部位のがんも消えるという感覚があったと言われています。数十年前からこの〝アブスコパル効果〟は教科書にも載っていた様に記憶していますが、その証拠となるデータがなく、その後は分子標的薬などに押されて研究もしぼみがちでした。しかし、近年の腫瘍免疫学の進歩により、また重要なトピックとなっています」。
がん免疫放射線療法の第一人者である福島県立医科大学医学部放射線腫瘍学講座教授の鈴木義行さんは、免疫放射線療法の確立のために8年ほど前から研究を続けている。
〝アブスコパル効果〟のアブスコパル(abscopal)とは、ラテン語の「遠く」という意味の「アブ」と古代ギリシア語の「狙う」という意味の「スコパル」を組み合わせた言葉。ごく一部の患者だけで見られる珍しい現象だが、それを高率で発生させるメカニズムが次第に明らかになりつつある。
放射線照射を受けて死滅したり、脆弱化したがん細胞は、免疫刺激作用のあるタンパクやがん抗原などを放出するが、それをマクロファージや樹状細胞などの血液中の抗原提示細胞が処理することにより、腫瘍特異的細胞障害性Tリンパ球(腫瘍特異的CTL)が活性化される。それが体中をめぐって、放射線を照射した以外のがん細胞を見つけて攻撃していく(図1)。
特定のがん抗原に反応する免疫システム
鈴木さんは2009年、放射線照射前後の腫瘍特異的CTLの数を観察し、「血液の中にがんのみを攻撃するリンパ球が増えたという間接的証明ができた」ことをデータとして発表した。食道がん患者16人に対して、放射線治療前後の血液中の腫瘍特異的CTLの数を調べたところ、6人(38%)で増加していた。方法は、治療前後に患者の血液から採取した腫瘍特異的CTLの数を観察するもので、2倍以上になった場合を増加とした。
研究では、対象となるがん抗原を6つ選び、これらのがん抗原の一部と結合するHLA(ヒト白血球抗原)-Class Iを持つ患者を抽出した。性別は男性15人、女性1人。ステージ別ではⅡ(II)4人、Ⅲ(III)6人、Ⅳ(IV)6人だった。化学放射線療法の開始前から治療終了30日後まで腫瘍特異的CTL数を計測した。
結果は、前述の通り6人で2倍以上に増えていたわけだが、中にはIMP3というがん抗原だけを攻撃する腫瘍特異的CTLが治療開始前の30個/wellから250個/wellまで増加していた人もいた(図2、3)。
増え続けたが、治療終了後に低下した例
鈴木さんは「Tリンパ球の総数が増えただけではがん免疫が賦活化したとは言えません。がん細胞を殺す腫瘍特異的CTLが増えないと証明したことにならないのですが、それができました。一方で、増えない人もいます。上がり方もそれぞれ異なっており、複数のがん抗原に対するCTLが上がる人もいれば、抗原によりバラバラな人もいました。しばらく腫瘍特異的CTLが残る人もいれば、すぐなくなる人もいます。同じ人でも体調などでも変わるのだろうと思われます」と述べる。
さらに、この研究の対象が化学放射線療法を受けた患者だったため、抗がん薬の影響もあるのではという観点から、抗がん薬、放射線それぞれ単独治療を比べたデータを採取した結果、「腫瘍特異的CTL数の増加は、放射線治療のほうがより影響をしている可能性が高い」ことが示されたという。
放射線照射の役割とは
放射線照射ががん免疫と関係している理由について、鈴木さんは「腫瘍特異的CTLががん細胞を認識するにはHLA分子の発現が必須です。がん細胞の多くでは、免疫から攻撃されないようにHLA-Class Iの発現が抑えられているのですが、放射線を照射すると隠れていたHLA-Class Iの発現が強くなるという報告もあります」と話す。
さらに、免疫活性に重要な物質であるストレスタンパク質HMGB1に関しても放射線治療が大きく関係している。鈴木さんは「HMGB1はがん細胞が死滅するなどした場合に出てくるタンパク質で、樹状細胞を活性化する働きがあります。その樹状細胞が腫瘍特異的CTLを活性化します。ここで放射線を照射するとHMGB1の放出が高まるのです」と解説する(図4)。
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