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光免疫療法が踏み出した第一歩、膨らむ期待値 世界初、頭頸部がんにアキャルックス承認!

監修●田原 信 国立がん研究センター東病院頭頸部内科長
取材・文●菊池亜希子
発行:2020年12月
更新:2020年12月

  

「現在進行中の第Ⅲ相臨床試験の結果を出したとき、光免疫療法はさらなる展開に向けて歩みを進めることになるでしょう」と語る
田原 信さん

病巣に光を照射してがん細胞のみを死滅させるという、これまでにない機序で注目を集める「光免疫療法」。その光免疫療法に用いる新薬「アキャルックス」が、治療歴のある局所再発頭頸部がんを対象に、今年9月、世界で初めて日本で承認、治療に用いる照射システムも承認された。国内第Ⅰ相臨床試験を手がけ、国際共同第Ⅲ相臨床試験にも責任医師として参加している国立がん研究センター東病院頭頸部内科長の田原信さんに、今回の承認と今後の展望について話を聞いた。

世界に先駆けて承認された新薬だが

「光免疫療法の新薬、世界初承認」

このニュースが日本列島を駆け巡ったのは、今年(2020年)9月25日。がん細胞だけを死滅させ、正常細胞にほとんどダメージを与えない治療法として注目される光免疫療法は、米国国立がん研究所(NCI)主任研究員の小林久隆さんが開発したことで、日本でも数年前から話題になっていた。

現在も国際共同第Ⅲ相臨床試験が進められる一方で、昨年、厚生労働省の先駆け審査指定制度の対象になったことで、早期承認が待ち望まれていた。今回それが叶い、治療歴のある局所再発頭頸部がんへの新薬アキャルックス(一般名セツキシマブサロタロカンナトリウム)が、世界に先駆けて承認されたのだ。

これを機に、頭頸部がんから各種がんへの適応拡大など期待が膨らむばかりだが、「今回の承認は、いわば仮免許です」と、国立がん研究センター東病院頭頸部内科長の田原信さんは釘を差す。

承認されたとはいえ、現時点ではまだ第Ⅲ相試験の真っただ中。しかも、臨床試験の登録者数は被検予定数の275名に達しておらず、現在も登録募集をしている状況だという。

「今回の承認をさらに前進させるには、第Ⅲ相試験でしっかり結果を出すことが必須です。逆に、ここで結果が出なければ承認取り消しもありうるでしょう。今後、光免疫療法が手術、放射線療法、化学療法、免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)に続く第5の治療法として確立するためにも、この第Ⅲ相をしっかり乗り切らなくてはならないのです」と田原さんは強調する。

また、忘れてはならないのは、現時点(2020年11月16日現在)での新薬アキャルックスは「承認」のみ。販売は来年(2021年)早々の見込みなので、それまでは患者は光免疫療法を受けることはできない。つまり、「承認=治療できる」わけではないのだ。

2020年後半、「世界初の承認」に沸く光免疫療法だが、「現時点では大きな一歩を踏み出したばかり」と捉えるべき段階のようだ。とはいえ、確かな一歩であることは間違いない。

光免疫療法のメカニズム

まずは、光免疫療法に使われる新薬アキャルックスの機序を見ていこう。

頭頸部がんは、がん細胞の表面にEGFR(上皮成長因子受容体)というタンパク質が発現していることが非常に多い。これは、がんの分化や成長を促すタンパク質EGF(上皮成長因子)を獲得するための受容体である。この受容体EGFRに、EGFより先に結合して、がんを分化・成長させないようにするのがEGFR抗体薬(分子標的薬)アービタックス(一般名セツキシマブ)だ。

EGFR抗体薬のこの作用を利用して、これまでとは全く違う機序でがん細胞を攻撃するのが光免疫療法。その仕組みについて田原さんは以下のように語った。

「アキャルックスは、EGFR抗体アービタックスに特殊な光吸収体を複合させた薬剤です。つまり、本体はアービタックスなので、これを点滴で患者さんの静脈に投与すると、がん細胞の表面に発現しているEGFRに結合します。薬剤が確実にがんに届いたと思われる約24時間後、病巣を目がけて近赤外線を照射します。すると、アービタックスに複合させた光吸収体が近赤外線に反応して化学反応を起こし、がん細胞膜に圧力をかけ、表面にかすかな傷をつけます。その傷から細胞外部の水分が細胞内にどっと流れ込み、最終的にはがん細胞が膨張して弾け飛び、死滅するのです」(図1)

「照射する近赤外線は、リモコンなどにも使われる一般的で無害な光なので、周囲の正常細胞には一切ダメージを与えません。つまり、がん細胞だけを破壊できて、副作用は非常に小さいのが魅力です」

がん病巣に近赤外線を照射するには、ペンライトのように発光する前方光ディフューザーか、腫瘍の大きさに合せて発光の幅を変えられる円筒型光ディフューザーを使う。どちらも波長690nmのレーザー光で、深さは1㎝しか到達しないため、腫瘍の位置によっては円筒型光ディフューザーを針のように腫瘍に刺して照射する場合もあるそうだ。

「腫瘍が大きいとディフューザーを複数本刺しますが、熱で焼く治療ではないので熱くもなく、体への負担は小さいと考えていいと思います」

さらに特記すべきは、光免疫療法という名前に「免疫」という言葉が入っていること。これには深い意味がある。近赤外線照射によって破裂したがん細胞からは、がん細胞内の様々なタンパク質が外へ流れ出す。そのとき、周囲にいる元気な免疫細胞がこれらを認識し、同じタンパク質を攻撃し始めるのだ。言い換えれば、同種のがん細胞に対する免疫力が活性化する。ターゲットのがん細胞だけでなく周囲の免疫細胞をも攻撃してしまう放射線療法と違い、光免疫療法には、がん細胞の周りにいる免疫細胞を元気にするという強みもあるのだ。

これまでの国内外の臨床試験結果から

大規模な国際共同第Ⅲ相臨床試験の結果を待たずして、日本で先駆け承認された光免疫療法。現在第Ⅲ相試験中なので、それ以前の実績を確認してみよう。

米国で臨床試験が始まったのは2015年。安全性を確認する第Ⅰ相試験は順調に終了し、ほどなく第Ⅱa相試験へ。複数の治療歴のある局部再発頭頸部がん患者30人に対して実施され、結果は全奏効率44.8%、うち完全奏効(CR)13.8%(4人)、部分奏効(PR)31.0%(9人)だった。安定(SD)の37.9%を含めると82.8%(24人)で病勢がコントロールされたという結果だ。免疫チェックポイント阻害薬オプジーボ(一般名ニボルマブ)の頭頸部がんに対する全奏効率が13%程度であることを考えても、免疫チェックポイント阻害薬に並ぶ、もしくは、それ以上の結果と言ってよいだろう(図2)。

日本では2018年3月、田原さん率いる国立がん研究センター東病院頭頸部内科が第Ⅰ相臨床試験を実施。日本人に対する安全性確認の治験のため登録者は3名と少なかったが、結果は部分奏効2名、病勢進行1名。奏効した症例は、部分奏効との評価だったが、「顎の下7㎝ほどの腫瘍が、近赤外線照射後30分ほどで黒くなり、その後かさぶたのようになって剥がれ、7日目にはきれいに消えた」という完全奏効に近いものだったそうだ。他に治療法のない再発頭頸部がん患者が対象だったことを考慮すると、かなり良好な結果と言えるだろう。

現在は、大規模な国際共同第Ⅲ相臨床試験が行われている。日本でも2019年3月から国立がん研究センター東病院はじめ、全国10施設ほどで実施されており、現在も登録募集中。

「第Ⅰ相試験との違いは、受けられる治療回数です。第Ⅰ相試験では1回しかできませんでしたが、第Ⅲ相試験では複数回、光免疫療法を受けることができます。実際に月に1回の頻度で3~4回受けて、がんが消えていった患者さんもいます」と田原さん。

ただし臨床試験のため、275人の参加者のうち光免疫療法を受けられるのは183人。92人はメソトレキセート(一般名メトトレキサート)、アービタックス、もしくはタキソテール(同ドセタキセル)のいずれかの抗がん薬治療(標準治療)を受けることになり、患者自身はどちらの治療になるかを選ぶことができない。

とはいえ、日本は既にアキャルックス承認にたどり着いており、あとは来年(2021年)早々にも開始される見通しの販売を待つばかりだ。販売が開始されれば、局所再発頭頸部がんについては、臨床試験に参加しなくとも病院で光免疫療法を受けることができるようになる。「日本で販売が始まれば、日本からは第Ⅲ相試験への参加は終了することになるでしょう」と田原さんは付け加えた。

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