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低侵襲で繰り返し治療ができ、予後を延長 切除不能膵がんに対するHIFU(強力集束超音波)療法

監修●祖父尼 淳 東京医科大学臨床医学系消化器内科分野教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2023年10月
更新:2023年10月

  

「現在進行中のHIFU治験は極めて重要で、手術、放射線療法、化学療法に続く、膵がんの4番目の治療法となる可能性もあると思っています」と語る祖父尼さん

切除不能膵がんの標準治療は、化学療法あるいは化学放射線療法ですが、満足できる治療成績はあげていません。そこで期待されているのが、超音波を集めることでエネルギーを高め、がんを焼灼させるHIFU療法です。

2008年から、切除不能膵がんのHIFU療法を行ってきた東京医科大学臨床医学系消化器内科分野教授の祖父尼淳さんに、この治療法について解説してもらいました。

診断されたとき手術できないことが多いのはなぜですか?

膵がんは治療の困難ながんとして知られています。根治治療は切除手術ですが、膵がんと診断された時点で、すでに重要な臓器に浸潤していたり、遠隔転移していて、手術ができないことが多いのです。東京医科大学臨床医学系消化器内科分野教授の祖父尼(そふに)淳さんは、次のように話しています。

「膵がんの非手術率は70~80%程度。膵がんが見つかった時点で、すでに手術できないケースが多いのです。なぜ手術できないかというと、膵臓の周囲には血管や神経、胆管や十二指腸などの重要な臓器が多いのに加え、膵臓が漿膜(しょうまく)に覆われていない臓器だということが関係しています。漿膜に覆われていないため、膵臓にがんが発生すると、早い段階で血管や周囲の臓器に広がってしまいます。そのため、発見された時点で、すでに切除不能と診断されることが多いのです。また、膵がんの手術は比較的侵襲が大きいので、高齢者や他の病気を抱えている人の場合、全身状態から考えて手術ができないということもあります」

切除手術ができない場合の治療は、化学療法(薬物療法)あるいは化学放射線療法が標準治療となっています。抗がん薬の進歩や放射線療法の進歩により、治療成績は少しずつ向上してきましたが、膵がん全体の5年生存率は、2009年~2011年のデータで8.5%、切除不能の場合にはわずかに0.3%と満足できる治療成績が得られていないのが現状なのです。

「近年はがんゲノム医療が進歩してきましたが、膵がんは遺伝子を調べても、治療につながる遺伝子変異は少ないです。そのため、免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬も含め薬物療法にも大きな進歩は見られていません。切除不能膵がんの治療に関しては、歯がゆい状況が続いています」

こうした状況で、切除不能膵がん治療の1つの選択肢として注目し、開発に取り組んでいるのが、HIFU(強力集束超音波)療法です。

HIFU療法とはどのような治療法ですか?

強力集束超音波と訳されるHIFUは、「High-Intensity Focused Ultrasound」の頭文字を取ったもので、「ハイフ」と読みます。通常、医療分野における超音波は画像診断に使われていますが、超音波を集束させることで強度を高め、照射する時間を長くすることで、治療に応用したのがHIFU療法です(図1)。

「太陽の光を虫眼鏡で集めると紙や木を焼くことができますが、それと同じような原理の治療法といってよいでしょう。現在治療に使用している機器には、超音波を出す部位が251カ所あり、それを1点に集束させることで、大きなパワーを発揮させることができます。

超音波を照射すると、狙った部位の温度は、瞬時に80~100℃くらいになります。がん組織も人間の正常組織も、55℃になると、数秒~15秒程度で凝固壊死することがわかっています。HIFU治療では80~100℃になるので、そこが沸騰したような状態になって、がん細胞を死滅させます。治療した部位は、やけどを起こしたような状態になります。ただし、超音波が集まる焦点から7㎜離れただけで、温度は50℃以下になるので、腫瘍の周囲の正常組織は影響を受けずにすみます」

写真がHIFUの治療システムと、実際の治療風景です(図2、写真3)。

■写真3 HIFUで治療中

超音波画像で患部を見ながら、目標のがんに超音波を集束させます。空気があると超音波が通らないため、水の入った〝風船〟を患者さんの腹部に押し当て、水の中を超音波が進むようになっています。

がんの形や大きさに合わせ、少しずつずらしながら超音波で治療していきます。1度に超音波が集まることで焼けるのは、直径3㎜、長さ10㎜の範囲で、それを重ねて治療していきます(図4)。

「治療するときには麻酔の必要はなく、患者さんは話をすることもできます。温かさを感じる程度で、痛みを感じることもありません。治療時間は腫瘍の大きさによって違いますが、だいたい30分から1時間程度です」

HIFU治療は放射線被曝もなく、体に針を刺したりすることもない低侵襲の治療です。放射線治療との大きな違いは、繰り返し何度でも治療できる点です。また、すでに放射線治療を受けた患者さんでも、HIFU療法を受けることができます。

HIFU療法は、日本では、前立腺肥大、本態性振戦やパーキンソン病による運動症状の緩和に対しては、保険診療が認められていますが、膵がんに対しては保険診療がまだ認められていません。そのため、東京医科大学病院では、自由診療として切除不能膵がんに対するHIFU療法が行われています。2回の治療が1セットとなっていて、たとえば月曜日に入院し、火曜日と木曜日に治療を行い、金曜日に退院というのが一般的なスケジュールです。

ただし、低侵襲の治療なので、外来での治療も可能です。祖父尼さんは神戸でもHIFU療法を行っていますが、こちらでは2回の治療を土曜日と日曜日に外来で実施しているそうです。

どんな膵がんでもHIFU療法はできますか?

HIFU療法は優れた治療法ですが、すべての切除不能膵がんが治療対象となるわけではありません。残念ながら治療対象とならない膵がんもあります。

「基本的には超音波画像で見えない場合には治療できません。膵臓という臓器は、必ずしもすべてが超音波で見えるわけではないのです。膵臓は十二指腸に膵液を分泌していますが、十二指腸に近いほうを膵頭部、反対側を膵尾部といいます。超音波が届くのは体表から10cm程度ですが、膵尾部は10cmを超えていることが多いため、膵尾部のがんは治療対象とならないのです」

また、膵臓の周囲には、多くの血管があり、胆管や十二指腸などの消化管もあります。がんが十二指腸などの消化管に浸潤している場合も治療はできません。

「とくに多いのは、膵臓の頭部や鉤部にできたがんが、十二指腸にくっついている(浸潤)ケースです。このようながんにHIFU療法を行うと、腸管穿孔(せんこう)などの合併症を起こす危険性があります。そのため、十二指腸などの消化管にくっついている(浸潤)がんは、治療対象にはならないのです」

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