ようこそ!!がん哲学カフェへ 7 「会話」と「対話」の違いについて❶

医師はなぜ冷たく思われるのか

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
取材・文●常蔭純一
発行:2014年5月
更新:2014年8月

  

1カ月前に、ずっと不安に思っていたことが現実になりました。月に1度の検診で、1年前に摘出手術を受けた大腸がんが、別の部分に転移していることが判明したのです。転移の恐れがあることは分かっていましたが、ようやく術後の生活にも慣れ、職場復帰も果たしたところだけにやはり、ショックは相当なものでした。加えて転移を告げた担当の先生の対応にも疑問を感じています。まるで他人事のようにパソコン画面を見ながら、事務的な口調で転移を告げられた。もう少し違った言い方をしてもらえれば、ショックも少しは和らいだように思えてなりません。

(S・Yさん、女性53歳)

〝人間学〟 の素養が必要に

ひの おきお 1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている

「先生が私を無視している」

「私の目を見て話してくれない」

がん哲学外来では、毎回のように医師の冷淡な対応についての不満を口にする患者さんの声を耳にします。

当然ながら患者さんは、医師の言葉1つで気持ちが大きく揺れ動きます。その医師から冷淡な扱いを受けると、気持ちが落ち込むのも無理のないことでしょう。もっともだからといって、医師が患者さんのことを考えていないわけでは決してありません。ほとんどの医師は、病気や治療方針について、さらには予後の生活について、できる範囲で誠実に話していることでしょう。患者さんがどう受け止めるかは別にして、医師は医師なりに、患者さんの知りたいことを伝えよう、患者さんに希望を持ってもらおうと精一杯、考えてはいるのです。

ただ残念ながら、その気持ちが患者さんに、うまく伝わらないことが多いのも事実です。S・Yさんのケースはそうした典型的な1例でしょう。

ではなぜ、医師の気持ちは患者さんに伝わらないのか。その最大の理由として、医師の側の勉強不足、あるいは経験不足が挙げられます。

ここでいう経験不足、勉強不足というのは、もちろん医療に関する事柄ではありません。医師という仕事には、医学、医療についての専門知識とともに、それよりもずっと普遍的な人間の心理、行動に関する、いわば人間学ともいうべき領域の素養が必要です。医療とは極めて専門的な知識や技量を必要な仕事でありながら、同時に人間についての洞察も求められる職業でもあるのです。

もっとも日本の医療教育では、そうした人間学について学べる機会がありません。また大学を卒業し、医療機関で働き始めても、ほとんどの医師は忙しさに取りまぎれて人間との接し方を考える余裕が持てないでいるのが実情です。その結果、専門領域の知識や技術は体得しても、人間学については未熟な状態が続いている。多くの医師たちが患者さんとの間で信頼関係が築けずにいるのも、そのことが最大の要因といっていいでしょう。

もちろん、そうした医師も患者さんの思いを汲み取ろうと努力はしています。しかし、結果的に患者さんとの間では、うまく心の交流ができないでいるのです。言葉を替えれば、人間学が未熟であるために、患者さんとの交流が表面的な「会話」に終始し、お互いの心の琴線に触れ合う「対話」の機会が持てないでいるわけです。

「寄り添う」ことから始めたい

では、どうすれば患者さんと気持ちを通い合わせることができるのか。そのためには何より、患者さんに対して共感の思いを持つことが肝心でしょう。

と、いうと医師の中には、日々、仕事に忙殺されている中で、個々の患者さんに共感することなど、できっこないと言う人もいるでしょう。

確かその反論どおり、臨床に携わっている医師たちが、殺人的ともいうべき多忙さの中で、余裕を持てないでいることは事実だし、私も重々承知しています。
しかし、そんな中でも、ちょっと意識を変えれば、患者さんとより深い部分で接することができるものです。患者さんとの間で対話を行うということは、実はそれほど難しいことではないのです。

そのための意識の切り替えとはどういうことでしょうか。それは医師が患者さんを1人の人間として、興味や関心を持つということです。

患者さんに共感することが難しいと感じる人は、ずっと昔、幼かった時代を思い出していただきたい。

その頃には、例えば動物園に行ってゾウやキリンの姿を飽きることなく眺めていたことや、好きな親戚のおじさんやおばさんに、訳もなく寄り添っていたことがあったのではないでしょうか。ゾウやキリンはともかく、親戚のおじさんやおばさんは、そんなあなたを甚く可愛がってくれたでしょう。それはあなたが親戚のおじさんやおばさんに、興味を持ち、積極的に心を開いた結果なのです。

医師と患者さんの関係でも同じことが当てはまります。患者さんとの間で心の通った「対話」を実現するには、まずは自分が持って生まれた役割を見つめ直してみること。これまで再三お話していることですが、人間には誰しも、その人だけの役割があるのです。そのことを考えると自然と個々の患者さんに関心を持ち、寄り添う気持ちが湧いてくるでしょう。そうすれば言葉は自然に後からついて来るでしょう。ともあれ、まずは「寄り添う」ことから始めていただきたいと思います。

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