わたしの町の在宅クリニック 12 さくらいクリニック
患者さんにふわっと寄り添い しっかり支える
90年代、訪問診療の黎明期から病診連携による在宅ターミナルケアに取り組んできたさくらいクリニック(兵庫県尼崎市)の院長・桜井隆さん。家に帰りたいという意思表示があれば大抵願いは叶うという。「とりあえず帰って様子を見て、ダメならまた入院するという気持ちでスタートしてもいいのです」と話す。
患者さんの見放された感を払拭する 在宅ケア開始4点セット
病院から在宅ケアを依頼されるケースでは、患者さんにとって心強いはずの病診連携に本人や家族が納得していないことがある。そこでスムーズな在宅ケアへの移行のために桜井さんが心掛けているのが「在宅ケア開始4点セット」だ。その内容は、❶病院に出向いて退院前カンファレンスを行う、❷退院当日に自宅を訪問する、❸患者さんと家族の電話番号を本人たちの目の前で携帯電話に登録する、❹退院翌日の朝に電話をする、というものである。
「本当に医者が家に来るのか、連絡しても無視されないか、夜間は大丈夫かといった不安を解消して、安心していただくためにこれらが必要なのです」と桜井さんは話す。
中でも要となるのは退院前カンファレンス。これは退院支援室、地域連携室などと呼ばれる病院の担当部署のコーディネートによって、在宅医が入院中の患者さんの元を訪れ、主治医・看護師など病院のスタッフと、可能なら患者さん・家族を交えて行うミーティングだ。
「野球で先発ピッチャーがストッパーに引き継ぐときにマウンドの上でボールを直接手渡し、チームメイトがそれを取り囲んで激励する。そんな雰囲気です」
病院と在宅のスタッフが共にサポートする姿勢を示すことで、患者さんに在宅=見放されたのではないことを実感してもらい、納得につなげることが大切だという。
在宅ホスピスケアに条件はいらない。とりあえず帰ってみる
在宅ケアの移行には、患者さんが望み、医療や介護体制が整っていることや症状コントロールが可能なことなどが条件とされているが、条件をクリアしようと準備に手間取ったり、医療者側の事情でタイミングを逸してしまうこともある。
桜井さんが経験した例では、病院から在宅ケアの依頼があった患者さんについて、退院前カンファレンスを主治医の都合で2週間後にして欲しいと言われた。
「私たちの2週間は、患者さんにとっての2カ月にも2年にもあたるでしょう。それを待っていては間に合わないかもしれず、カンファレンスなしで即退院したのですが、その方は自宅に帰ってきて1週間でお亡くなりになられました。折角家に戻っても在宅期間があまりにも短いと、在宅ケアの良さが生きてこないのです」
桜井さんは「住み慣れた家に帰るのに条件などいらない」と強調する。
「そもそも条件という言葉を持ち出すのは病院や家族からの視点であって、患者さん本人の立場に立てば、病院から家に戻るというのは、仕事や用事を終えて帰宅するのと何ら変わらないのです。なるべく早い時点での意思表示と、必要なサービスから順に手配するよう、できることからやっていくことが、在宅ホスピスケアを円滑に進める上でのコツと言えます」
医療者は、患者さんから1歩下がって ふわっと支える存在
午前中は外来診療、午後から訪問診療を行う「外来・在宅ミックス型」のクリニックを桜井さんが開業したのは1992年のこと。以来在宅で看取った患者さんは350人を超え、その7割ががん患者さんだ。
最初から在宅ホスピスケアを支えようという理念があったわけではないという桜井さんだが、「町医者として外来の延長で往診など在宅医療に関わっていく中で、亡くなっていく方々を家でお見送りするようになり、住み慣れた家で死を迎えることがごく普通で、自然で、当たり前だけど素晴らしいことに思えてきました」と振り返る。
「主人公はあくまで患者さんご本人。そして家族、親しい友人や近所の人たちのグループ。医療者は単なる訪問者で、専門職の支援は患者・家族を取り巻いて先導するようなものではありません。半歩下がって一緒に歩き、倒れそうになったとき、迷ったときにはすぐに手を差し伸べるというスタイルが望ましい。そこに医師は不可欠ですが、さらに半歩下がって見守っているような存在です」
人生という仕事を終えるとき、自由な自分の時間と空間がある自宅で、ゆったりとわがままに過ごすという当たり前のことに、ふわっと寄り添い、支える。桜井さんはそんな「死の日常化」に向けて、ゆったりと進んでいきたいと思っている。