わたしの町の在宅クリニック 18 宍戸内科医院
患者さんが〝幸せ〟と思って過ごせることを大切に
千葉緩和医療学会の理事も務める院長の宍戸英樹さん
宍戸内科医院(千葉県佐倉市)は、現在院長の宍戸英樹さんの父、英雄さんが1986年に開設。宍戸さんが医院に戻ってきた05年から、本格的な訪問診療が始まった。「目指すのは、その人らしい生活を送れること」と宍戸さん。患者さん本人が〝幸せ〟と思って過ごせるよう、サポートしていきたいと話す。
医師の役割、医療の役割を考えた結果、緩和ケアの道へ
緩和ケアに興味があり、宍戸内科医院に戻る前は、聖隷三方原病院(静岡県浜松市)のホスピス科で患者さんを診ていた宍戸さん。緩和ケアに進むきっかけは、漫画「ブラック・ジャック」の影響が大きかった。
「シリーズの中に『ちぢむ』という話があります。恩師の先生が飢餓の村で体が縮む奇病に罹り、最終的に死んでしまう話ですが、最後にブラック・ジャックはこう叫びます。『医者は人間の病気を治して命を助ける。その結果世界中に人間が爆発的に増え、食料危機が起きて何億人もの人が飢えて死んでいく。そいつが神様のおぼしめしなら、医者は何のためにあるんだ!』と。
医者は病気を治すのが1つの役割だけれど、ではなぜ治すのか、医者や医療の役割とは何か、そういったことを考えた結果、自身の医師としての役割は緩和ケアの道に進むことでした」
宍戸内科医院に戻ってからは、宍戸さんを中心に本格的に訪問診療を開始。現在午前中を外来、午後を訪問診療として、1日平均7件の患者さん宅を回っている。訪問エリアは原則、車で片道15分程の範囲。月平均50~60人を診ており、そのうちがん患者さんは1~3割程。がん患者さんの9割は自宅で看取っている。
本人が本人らしく過ごすことが 家族にとっても大切
宍戸内科医院では、訪問診療に入る前の初回の面談に約1時間半かけて家族と話し合う。面談を通して在宅と病院の違い、本人、家族の不安は何か、また本人は何を大切にしているかなどを聞き出し、在宅医療を行うに当たっての方向性を確認していく。
本人は家で最期を迎えたいと思っても、多くの家族が家で看取ることができるのかと不安を抱えていることが多い。在宅医療コーディネーターで看護師でもある宍戸智子さんは、「ご家族には、あくまでもご本人の気持ちが中心」ということを伝えている。それは本人がどう生きていきたいかを大切にするためであり、結果的に家族の達成感や悲嘆の軽減に繋がり得るからだ。
「ご家族には『本人が本人らしく過ごしていくことが、本人だけでなく家族にとっても大切である』ということを伝えていくようにしています。その中で、『本人』だけでなく『家族』の単位も大切にしていけるようなケアを心がけています」
目指すのは その人らしい生活を送ること
在宅医療というと身構えてしまうが、「深刻になり過ぎず、普段の生活をしながら、必要に応じて病気のことを考えている人のほうが多い気がします。それが逆に家のいいところで、病院だと常に病気と向き合わなければいけません」と宍戸さん。訪問診療でも「困っていることはないですか?」と尋ね、つらい症状があれば対応していく。
「我々が行っていることの主体は生活サポートです。その人らしい生活を送ることができるために、必要に応じて症状を緩和していきます。『痛みゼロ、苦痛ゼロ』がまずありきではありません」
「在宅緩和ケア」を自身の専門と考えていた宍戸さんだが、最近はとくに「緩和ケア」を行っているとは意識しなくなったという。
「緩和ケアはQOL(生活の質)を改善するためのケアと定義されています。単純に言えば、その人が幸せだと思って過ごすこと、そのためのケアです。ですから、緩和ケアはその対象が『生命を脅かす疾患による問題に直面している患者と家族』と定義付けられているだけで、本質は何も特別なことではなく、医療の根本的なものだと思います。もちろん、本質を理解してこの言葉を使うならば、便利でもあり、緩和ケアという言葉自体を否定はしません。ただ最近ではともすると、緩和ケア=痛みをとる治療となっている部分があります。決してそうではなく、その人が幸せになることが重要で、そのための手段としてモルヒネなどの薬を使うときもあるということです」
今後は在宅医療を通じて〝看取りの文化〟を取り戻していきたいと、宍戸さん。
「聖隷三方原病院のホスピス科で働かせていただいてから、様々な先達との出会いがあり、〝看取りの文化〟の考え方に触れることができました。今後は、亡くなっていく過程を家族や地域から見えなくするのではなく、しっかりと家族が見ていき、地域としてもこうした取り組みができればと思います」
「最期の場を自宅」、それだけではなく、安心して暮らせる地域社会作りにも貢献していきたい。宍戸内科医院の取り組みは続く。