体力・QOLを向上させる
乳がん術後に行いたい、肩関節可動域訓練と運動療法
村岡香織さん
乳がん術後の痛みなどの不快な症状は、すぐに解消されるものではありません。しかし、そのために日々の活動量が減ると、筋力・体力が落ちて次第に栄養状態や心肺機能に影響を及ぼすことも少なくありません。術後は、敢えて運動を生活に取り入れ、基礎体力をしっかり維持することが大切。そのための方法を紹介します。
肩関節可動域訓練と運動療法の2本立て
乳がんのリハビリテーション(以下リハビリ)というと、手術を受けた側の腕が動きにくくなるのを防ぐためのものと考えられがちだ。もちろん肩関節可動域訓練は重要だが、それだけでは十分ではない。
慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室助教の村岡香織さんによれば、現在の乳がんのリハビリは、肩関節可動域訓練と運動療法の2本立てになっているという。
「手術を受けた場合、手術した側の腕の運動制限が起きないように、肩関節の可動域訓練が行われます。それに加えて、活動量を保ってQOL(生活の質)を維持するために、運動療法が重要視されるようになってきました。乳がんの患者さんは、比較的年齢が若く、治療後に過ごす年月が長いので、とくに運動療法の重要性が高いとも言えます」
運動療法として勧められるのは、特別なものではなく、生活習慣病の予防としても行われる有酸素運動(エアロビクス・エクササイズ)や筋力トレーニングである。
「手術後に後遺症を起こさないためのリハビリだけでなく、長期的な再発予防やQOLの維持という目的も考え、リハビリとして運動療法を行おうということです」
これらのリハビリは、どのような人に必要なのだろうか。
「肩関節可動域訓練が必ず必要なのは、腋窩リンパ節切除の手術を受けた人です。乳房の切除やセンチネルリンパ節生検を受けただけの人は、なるべく腕を使うように心掛けることと、リンパ浮腫の予防を心掛けることは必要ですが、肩関節可動域訓練まではしなくてもよいでしょう。ただ、運動療法は治療の内容にかかわらず、すべての患者さんに必要なものです」
手術後の肩関節可動域訓練を行うと、手術した側の肩関節の可動域が狭くなるのを防ぐことができる(図1)。
2つの時期に分けて肩関節可動域訓練を行う
リハビリの適切な指導が行われないと、手術した側の腕はあまり動かさないほうがよいだろう、と考える人が多いそうだ。
「そう考えてあまり動かさないでいると、動かせる範囲が狭くなり、ちょっと動かしても痛みが出るようになります。すると、ますます動かさなくなり、そのために動かせる範囲もさらに狭くなり筋力も落ちて、わずかに動かすだけで痛む、疲れるという悪循環に陥ってしまいます」
こうならないためには、手術直後から適切なリハビリを行うことが必要である。手術直後のリハビリは、術後1日目~4日目と、術後5日目~退院の2段階に分けて行われる。
4日目までは、手先はしっかり動かし、食事の動作も行うが、腕を上げるのは肩の高さまでにする。そして、5日目以降になったら、制限を設けずに動かす。
「手術直後は、患部に溜まった浸出液や血液を抜くためにドレーンという管が入っています。術後4日目までは、制限なく体を動かすと患部の浸出液溜まりが増えたり、ドレーンからの排液量が増えてしまうため、腕を動かす範囲を制限しているのです。肩関節の可動域は、最初から制限なく動かしたほうが早く回復しますが、1カ月後には、4日目まで制限した場合も、制限しなかった場合も、差がほとんどなくなります」
10割動かせるためには退院後のリハビリが必要
肩関節可動域訓練では、図2に示したような運動を行う。1日に1回でよいので、毎日行うようにする。
「腕を前から上に上げる拳上という動きは、例えば洗濯物を干すときや、衣類の着脱に必要になります。腕を横から上げていく外転は、髪をとかしたりするときに必要になる動きです。腕を内・外に回す内旋と外旋は、腕を背中に回すときにも必要な動きで、十分に動かないとブラジャーをつけたりするときに困ります」
乳がんの手術では、術後10日ほどで退院になるが、この段階では、肩関節可動域訓練は7~8割できるようになった状態のことが多い。10割まで動かせるようになるためには、退院後にリハビリを続けていく必要がある。
「入院中と違って動かすことに不安を感じてしまう人もいます。しかし、抜糸もして、手術の傷も順調に治っているのであれば、ゆっくりと、〝痛みが出るぎりぎりまでの範囲〟を動かすようにしてください」
退院後にリハビリを自分で行えたかどうかが、その後の肩関節の可動域に大きく影響することになる。
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