がんのチーム医療・施設訪問21
三井記念病院がん診療センター(東京都千代田区)
診断から退院後までを有機的連携で支える
治療決定までの判断過程の透明化を組織としてどう保障するか
小林 隆さん 三井記念病院がん診療センター長・消化器外科部長
常に何が患者にベストかを考える
当院のがん患者の特徴は、高齢者が多いことです。70歳以上が44.4%を占めており、都内のがん診療連携拠点病院の平均37.4%と比べてもその多さがわかります。60歳、70歳の患者さんはまだまだ若いのです。
治療は、常に何が患者さんのベストになるかを考えて行っています。私は外科医なので、がん病巣を完全に取り切るのが最大の目的になります。しかし、どこまでやるのがベストなのかを考えることも必要です。ケースによっては併存症に見合った、手控えた治療も必要です。大切なのは、バランスです。
先日、85歳の大腸がんの男性が腸閉塞になって入院しました。心臓にも疾患があり、かなりシビアな状態でした。ステントを挿入して腸閉塞を改善したあとに、大動脈弁狭窄を治療し、全身状態が良くなってからがん手術をしました。各診療科が協力して、戦略を立てて対応した典型的な例です。
認知機能が低下したがん患者さんにどう対応するかも大きな課題です。他病院で「認知症の患者は診ない」と断られ、地域の診療所を経てここに来た患者さんがいました。本人は事態を理解できないし、意思を持って治療を受ける、受けないを決められません。このようなときは精神科に受診してもらい、患者の意思決定能力の査定を行います。
がん治療推進のハブの役割を強化
キャンサーボードでは治療の妥当性を検証。さらに法律家も入る医療倫理コンサルテーションで認知症のある患者さんの最善について検討します。医師の個人的裁量で決めるのではなく、判断の過程を透明化させ、組織としての患者の権利や尊厳を保障する体制を整備しました。
みんなで考える一連の過程は、若い医師たちの教育の意味もあります。治療決定の過程をオープンにして認知症だから、高齢だから、という理由で治療しないということはありません。これからも各科の強みを生かせるように、がん治療を推進するハブの役割を強化していきたいと思います。
がん診療センターを発足
医師は目の前の患者の病気を治すことに集中する。一方で、ほかの治療選択はないか、患者の心のケアはどうなっているのか……といったことまではなかなか考えが回らない。そこで求められるのが、各科や様々な医療従事者との協力だ。三井記念病院では、昨年(2015年)6月にがん診療センターを発足させ、アクティブな連携を実現している。
横のつながりをしっかりと
「これまでは、消化器、呼吸器、泌尿器など各科それぞれでがん診療をしていました。しかし、どうしても『自分たち』で完結してしまいがちになり、横のつながりが十分に機能していなかったので、有機的な連携のためにセンターを創設して統括していこうとなりました」
三井記念病院がん診療センター長(消化器外科部長)の小林隆さんは、組織設立の意図を話した。センターのメンバーは、センター長の小林さん以下、副センター長、抗がん薬を扱う臨床腫瘍科、放射線科、緩和ケア科の医師、看護師、薬剤師ら10人から構成されている。単なる組織改編ではなく、積極的な活動を繰り広げている(図1)。
チーフの奥田靖直さん
同センターチーフで診療情報管理士の奥田靖直さんは「診療科だけでなく、薬剤部や栄養部、リハビリテーション部などメディカルスタッフを含め、各々の部門ごとに課題や悩みがあっても内部で解決するのは難しい。何処に声を上げればいいかわからない状態でした。今は当センターががん診療という大きな流れの中でのハブ機能を果たし、施策から診療報酬への取組、課題解決の迅速化につながっています」と現場で機能していることを強調した。
キャンサーボードで活発な議論
「患者さんは90代で食道がんと大腸がんです。両方とも自覚症状はありません。治療選択についてご意見を伺いたい」。細かな情報を提示した後に若い医師が尋ねた。
各科の医師、看護師、薬剤師、社会福祉士など多職種が集まるキャンサーボード(がん患者の状態に応じた適切な治療法などの対応を検討する会)は30人以上が参加、いつも熱気を帯びる。「補助化学療法には慎重になるべき」「家庭環境はどうですか?」「栄養指導をしたいので外来と合わせて予約を」といった忌憚のない意見が次々に挙がった。
「手術、化学療法、再発、緩和ケアなど各々の専門の立場から意見を述べます。特に若い医師は目の前の治療が精一杯で、社会面や精神面のサポートが不十分になってしまうことがあります。キャンサーボードで、いろいろな人の意見を聞くことで、『技術だけではなく、やるべきことをするということがわかった』という医師もいます。
患者さんを取り巻く環境は複雑で、家族や看護師、介護、地域医療までフォローしなければなりません。医師ではできないところ、目の届かなかったところに対応できるようになったことが大きい」(小林さん)