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頭頸部がんに対する「光免疫療法」の第Ⅲ相試験開始 第Ⅱ相試験の好結果を受け、早期承認への期待高まる!

監修●田原 信 国立がん研究センター東病院頭頸部内科長
取材・文●半沢裕子
発行:2019年10月
更新:2019年10月

  

「光免疫療法は、頭頸部がんや食道がん以外のがん腫へのアプローチの可能性も。だからこそ、世界的に大きな期待が寄せられているのです」と語る田原信さん

がん細胞だけを破壊し、副作用もごく少ない治療法として世界的に注目されている光免疫療法(PIT)。治療歴のある局所再発頭頸部がんを対象にした米国での第Ⅱa相臨床試験では、全奏効率約45%、完全奏効(CR)率約14%、全生存期間(OS)の中央値が9.1カ月という結果が得られている。

これを受けて2018年12月、国際共同第Ⅲ相臨床試験が開始され、国内では2019年3月、国立がん研究センター東病院が同試験に参加。同4月には厚労省の先駆け審査指定制度の対象にもなり、早期に承認される可能性も高くなっている。注目の新治療の現状と今後について、国立がん研究センター東病院頭頸部内科長の田原信さんに伺った。

抗体薬+光吸収体に光を照射すると、がんが崩壊

頭頸部がんの組織で、最も多いのは扁平上皮(へんぺいじょうひ)がんと呼ばれるものだ。その細胞表面には、がんの分化や成長を促すタンパク質であるEGF(上皮成長因子)に結合する受容体EGFRが過剰に発現していることが多い。

そのEGFRに結合し、がんが分化したり成長したりするのを防ぐ薬剤の1つが、これらのがんの治療薬として用いられているEGFR抗体薬(分子標的薬)アービタックス(一般名セツキシマブ)だ。言葉を替えれば、アービタックスはEGFRが多く発現しているがん細胞に選択的に結合する性質を持っていると言える。

そうした性質を活用し、これまでとは全く違う機序で、がん細胞を破壊させるのが光免疫療法(photoimmunotherapy:PIT)だ。現在、国立がん研究センター東病院で第Ⅲ相試験(LUZERA-301)の責任医師、頭頸部内科長の田原信さんは、その機序を次のように説明する。

「光免疫療法では、抗体薬に一定の光を吸収する光吸収体を複合させます。今回の第Ⅲ相試験に使われているのは、アービタックスと光吸収体IRDye700DXの複合体であるASP-1929(*1)という薬剤ですが、これを点滴で患者さんの静脈に投与すると、がん細胞の表面に多く発現しているEGFRに、この薬剤が結合します。

そして、薬剤が確実にがんに届いたと思われる24時間後、病巣に光を照射すると、光吸収体の一部が抗体薬から外れ、抗体薬の形が変わって細胞膜に圧力がかかり、細胞外の水分が細胞内に入り込んでがん細胞が膨張し、パチンと弾けます。画像を見ると反応が起こるのは非常に速くて数分。治療後まもなくすると、病巣部は壊死したがん細胞で黒くなります。これは数日後には、瘡蓋(かさぶた)のように剥がれ落ち、やがてなくなります」

「用いる光は、リモコンなどにも使われている無害な近赤外線なので、まわりの正常な細胞に光が当たってもダメージを与えません。つまり、がん細胞を選択的に破壊できるのに、副作用が少ない。米国で行われた第Ⅱa相試験では、がんが完全に消えた症例が約14%でした。治療を重ねた後に再発し、ほかに治療法のない患者さんの14%でがんが消失したことの意味は、とても大きいと思います。すでに承認されている抗体薬はほかにもたくさんありますから、これらを使った別ながんへのアプローチにも可能性があります。だからこそ、世界的に大きな期待が寄せられているのだと思います」

がんの病巣に光を照射する方法は、ペンライトのように光を発する「前方光ディフューザー」を使うか、光る領域の幅をがんの大きさに合わせて変えられる光ファイバーで作る「円筒型光ディフューザー」を使うかのいずれか。波長690nmのレーザーで光を発生させるが、光は深さ1cmしか到達しないので、腫瘍により円筒型光ディフューザーを針のように腫瘍に刺して光を照射する。

「腫瘍が大きい場合、複数本刺すことになりますが、米国での試験では何10本も刺した患者さんもいたようです。しかし、ラジオ波焼灼術(RFA)のような熱で焼く治療ではありませんから、熱くもなく体への負担は少ないのが特徴です」(図1)

*1 ASP-1929=米国の第Ⅱ相試験では、名称は「RM-1929」

第Ⅲ相試験開始。米国でも早期承認制度の対象に

光免疫療法は、2011年、米国国立がん研究所(NCI)および米国国立衛生研究所(NIH)の主任研究員である小林久隆さんらの研究グループが、英国の学術誌『ネイチャー・メディシン』でその発見について公表したがん治療法。その効果と副作用の少なさ、さらに、今後の可能性などから大いに注目を集め、翌2012年には、バラク・オバマ大統領(当時)が一般教書演説で、「米国の偉大な研究成果」と紹介している。

その後、米国食品医薬品局(FDA)から臨床試験の許可を受けて第Ⅰ/Ⅱa相臨床試験が始まったのは2015年。安全性を検討する第Ⅰ相試験は問題なく終了し、その後に公開された第Ⅰ/Ⅱa試験の結果を受けて、2018年1月にはFDAがアメリカの早期承認制度であるファストトラックに指定。同年6月に第Ⅱa相試験結果の報告が米国臨床腫瘍学会(ASCO2018)で行われると、同12月には国際共同第Ⅲ相臨床試験がアメリカ、ヨーロッパ、アジアの75施設での、275名の患者を対象(予定)に登録が開始された。まさに、光免疫療法に対する期待の大きさを感じさせる展開の速さだ。

今回は化学療法などの治療歴のある局所再発頭頸部がん(扁平上皮がん)が対象となっているが、これは「いわば突破口」(田原さん)で、効果が確認されれば、他の抗体薬、他のがん種、さらには早期がん、免疫チェックポイント阻害薬などとの併用などに急速に汎用していく可能性を秘めている。

日本でも昨年(2018年)3月、国立がん研究センター東病院が第Ⅰ相試験を実施。これにより日本人患者に対する安全性が確認されたとして、今年(2019年)3月には第Ⅲ相試験が開始された。しかも、その翌月には厚生労働省の先駆け審査指定制度の対象にもなり、第Ⅲ相試験が順調な場合、終了を待たず、早期に承認される可能性もある。東病院を含め、国内では10施設ほどが試験に参入すると言われている(*2)。日本でも、光免疫療法は今後の速い展開が予測される。

*2 施設名は未公表。他施設の情報は臨床試験登録情報サイトで一部公開予定(英語のみ)

まずは治療歴のある局部再発頭頸部がんが対象

ここで昨年、ASCOで発表された第Ⅱa相試験の報告と、今年6月に日本頭頸部がん学会および7月の日本臨床腫瘍学会で発表された第Ⅰ相試験の報告を詳しく見てみよう。

第Ⅱa試験では、複数の治療歴のある再発頭頸部がん患者さん30人に対し、RM-1929による光免疫療法を行った結果、全奏効率は44.8%で、このうち完全奏効(CR)は13.8%(4人)、部分奏効(PR)は31.0%(9人)だった。安定(SD)の 37.9%(11人)を足すと82.8%(24人)で病勢がコントロールできたと考えられ、がんが悪化したのは17.2%(5人)に留まった。また、無増悪生存期間(PSF)中央値は5.7カ月、全生存期間(OS)中央値は9.1カ月という結果だった(図2)。

「注目されている免疫チェックポイント阻害薬のオプジーボ(一般名ニボルマブ)でも、頭頸部がんにおける全奏効率が13%程度です。完全奏効率が14%、無増悪生存期間中央値が6カ月弱、全生存期間中央値が9カ月以上というのも、治療を重ねた患者さんの中では非常に良い成績だと思います」

報告では、顎(あご)の下から頸部にかけて増殖した複数のがんの塊が消失した例など、症例の写真も示された。

「口腔内に多数あったがんが大きくなり、舌の上ががんでほとんどいっぱいになっていたのに、完全に消えたという90歳の患者さんの症例もあります。90歳だと通常は体力的に抗がん薬治療を行うのも難しく、『ほかに手はない』となることが多いですが、そうした例でもがんを消すことが可能になるかもしれないということです」

有害事象は「治療部位の痛みか、むくみといった局所的なものがほとんど」とのことだが、「唯一の弱点は出血。この試験でも2人の方が出血で亡くなっています」と田原さん。

がんの浸潤(しんじゅん)が進み、血管まで浸潤したり、大きくなった腫瘍が頸動脈など大きな血管を巻き込むようになっている場合、治療により血管が破裂して大出血を起こすことがあるのだという。

そのため、2018年3月に開始した国立がん研究センター東病院における第Ⅰ相試験でも、また、今回開始された第Ⅲ相試験でも、がんが血管に浸潤している症例や大血管の近くに浸潤している症例は、慎重を期して試験の対象から除外されている。

国立がん研究センター東病院における第Ⅰ相試験(医師主導試験)は2018年3月に開始され、その結果は今年2019年6月の日本頭頸部がん学会や7月の日本臨床腫瘍学会で発表された。第Ⅲ相試験への参加を視野に、日本人の患者さんに対する安全性を確認するための治験のため、登録患者は3名と少ないが、血管浸潤の可能性のある人を排するなど条件を絞った結果、わずか3名でも結果は良好だった。

「顎の下に7cmくらいの腫瘍のあった患者さんに複数のファイバーを刺して光らせたら、30分後には黒くなり、瘡蓋のようにぽろぽろとはがれて、7日目にはきれいに消えました。第Ⅲ相試験ではがんが残った場合、複数回できることになっているので、残存したがんにも再度治療が行えます。がんが消える確率はさらに高まるのではないかと思います」

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