放射線治療専門医が真摯に語る「福島と放射線とがん」
福島で起こった原発事故の影響はさまざまな機関・人により語られている。しかし、こと人体への影響という点では、これまで放射線を最も身近に接してきた放射線専門医に語っていただくのが一番の適任ではなかろうか。
国立病院機構北海道がんセンター院長の西尾正道さんに語っていただきました。
放射線には自然放射線と人工放射線がある
福島第1原発の事故後、放射線の問題がさまざまに語られています。何が最も問題なのかを理解するためには、まず放射線の基本を理解しておく必要があります。
放射線は、自然放射線と人工放射線に分けられます。自然放射線は宇宙や大地からの放射線。世界平均は年間約2.4mSv(ミリシーベルト)、日本は年間約1.5mSvです。
シーベルトは、人体への放射線の影響を考慮して設定された線量を示す単位です。1シーベルトは通常のX線1グレイにあたります。人工放射線は人工的に作られた放射線の総称で、医療で使われるX線や原子力発電により発生する核反応生成物もこれに含まれます。そして、人工放射線の被曝に関しては、ICRP(国際放射線防護委員会)が、線量限度の規制値を勧告しています(図1)。
この勧告では、公衆被曝、職業被曝、医療被曝に区分され、被曝線量の限度を設けています。診断や治療のために使われる医療被曝には線量限度を設定していませんが、一般の人々を対象にした公衆被曝は、年間1mSv以下となっています(図2)。
ICRPは、原子力事故などが起きた場合の線量限度の勧告を出しています。それによれば、「緊急事態期」には被曝量を年間20~100mSvに、「事故収束後の復旧期」には年間1~20mSvの間に抑えることになっています。
日本政府はこれを元に、移住を回避する限度に、最高値の年間20mSvを採用したわけです。しかし、原発事故の収拾のめどが立たない中で、住居地域を年間20mSvまでとしたのは、人命軽視と言われても仕方がないでしょう。
チェルノブイリでは年間5mSv以上の区域は移住義務にしており、日本は4倍の緩い基準となっています。
年間20mSvとは、どのような放射線量なのか。病院の放射線管理区域は1.3mSv/3月の区域で、そこでは放射線障害防止法等で、18歳未満の就労や飲食の禁止が謳われています。年間20mSvはその3.8倍の空間線量率で、幼児や妊婦も飲食・生活しており、国が法律違反を行っている状態なのです。
低線量の被曝でも発がんのリスクは高まる
一部の有識者たちは、年間100mSv以下の低線量被曝では、発がんを示すデータがないので、政府の対応は適切と主張しています。しかし、最近では、100mSv以下の発がんリスクのデータが多数報告されています。
2007年に広島と長崎の原爆被爆者を再調査したプレストンらは、100mSv以下の低線量被曝でも、発がんリスクがあると報告しています。また15カ国の原子力施設労働者40万人以上の調査でも、低線量被曝でもがんになることが明らかにされています。そしてこれらの報告から米国科学アカデミーは、『しきい値なし直線仮説』は妥当と結論づけています(図3)。
しきい値なし直線仮説とは、放射線はどんなに少なくても害がある、という仮説のこと。発がんのデータは、広島・長崎の原爆被爆者の追跡データを元にしていますが、放射線被曝線量とがん発生率の関係を調べると、被曝線量と発がんが直線的に相関することが知られているのです。
しかし100mSv以下の低線量の被曝に関して、実際のデータはないとよくいわれます。これは被曝者の定義を爆心地から2㎞(この地点での推定被曝線量が約100m Sv)以内の人と定義したため、2㎞以遠の人たちは非被曝者とされ調査されていないからです。このため100mSv以下のデータが無いだけなのです。
現在国際的なコンセンサスは、あるレベル以下になったら発がんリスクがなくなるのではなく、どんなに被曝線量が少なくても、被曝線量に応じた確率でがんが発生するという仮説で、100mSv以下でも発がんのリスクはあると考えられているのです。
2007年ICRP103勧告では1Svで5.5%の過剰発がんと報告されており、単純に計算すると100mSvでは0.55%となり、1万人で55人が過剰発がんすることになります。