効果は維持しつつ、負担軽減へ~ASCO 2010報告
次々に明らかになった乳がんの不要な検査と治療
2010年6月4日から8日の5日間、米国イリノイ州シカゴにおいて、米国臨床腫瘍学会(ASCO)の第46回年次集会が開催された。
これまでスタンダードとされてきた検査や治療でも、行わなくてもいい場合がある――。
臨床現場への影響も大きい試験結果が次々と発表され、乳がんはさらなる個別化治療時代に突入した。
2010年のASCOは“局所療法の年”
がんからのリンパ管流が最初に流れ着くリンパ節。
がんが最初に転移するリンパ節と考えられる
2010年のASCOは、乳がん領域については、“局所療法の年”といってもよかったのではないか。これは、「ハイライト・オブ・ザ・デイ3」での、インディアナ大学のキャシー・ミラーさんの言葉である。ハイライト・オブ・ザ・デイとは、前日発表された重要な演題をその領域のエキスパートが紹介するセッションだ。
最も大きなニュースは、「センチネルリンパ節陽性でも、腋窩(わきの下)リンパ節郭清の省略が可能」というもの。ACOSOGZ0011と呼ばれる臨床試験の結果である。
従来、早期乳がんにおいて、センチネルリンパ節生検でリンパ節に腫瘍があることが明らかになった場合、腋窩リンパ節郭清が行われてきた(図1)。これを省略できるかどうかを評価することが、今回の試験の目的であった。リンパ節郭清をするとリンパ浮腫が起こる危険性があるため、省略できるとすれば、患者にとって大きなメリットになる。
この試験が行われた背景には、腫瘍が以前よりも小さい状態で発見されることが多くなったこと、センチネルリンパ節転移があっても、転移巣はセンチネルリンパ節に限られている患者が多いこと、また乳房温存手術後に一般的に行われる放射線治療で腋窩も照射されることや、リンパ節転移陽性患者に対しては術後補助療法が行われるといった、診断や治療の進歩がある。
試験は、1999年5月~2004年12月、予後良好とされる早期乳がん患者(*T1-2N0M0)891例が登録され、乳房温存手術と、転移が認められたセンチネルリンパ節の切除を受けた後、腋窩リンパ節郭清(手術)群(445例)と処置なし群(446例)に無作為に振り分けて行われた。放射線治療は全乳房照射とし、腋窩への照射は行わなかった。またほぼ全例が術後補助療法を受けた。患者の年齢(中央値)は手術群56歳、処置なし群54歳。
*T1-2N0M0=臨床病期1~2で、臨床的(触診)にリンパ節転移なし、遠隔転移もない状態
センチネルリンパ節陽性でも腋窩リンパ節郭清は不要?
6.3年間(中央値)追跡した結果、局所領域(乳房および腋窩)での再発は、解析対象となった手術群420例中17例(4.1パーセント)、処置なし群436例中12例(2.8パーセント)で、両群間に有意差は認められなかった(表2)。局所再発を予測する因子は、「年齢50歳以下」と、悪性度を示すグレードが「高グレード」であり、陽性のセンチネルリンパ節数、センチネルリンパ節に転移したがんの大きさ、切除されたリンパ節数は、局所領域の再発に影響を与えなかった。
(センチネルリンパ節陽性患者の局所再発率)
再発 | 手術群 (センチネルリンパ節切除+腋窩リンパ節郭清) (420人) | 処置なし群 (センチネルリンパ節切除のみ) (436人) |
乳房 | 15人(3.6%) | 8人(1.8%) |
腋窩 | 2人(0.5%) | 4人(0.9%) |
局所領域全体 | 17人(4.1%) | 12人(2.8%) |
p=0.11 | 追跡期間=6.3年 |
(センチネルリンパ節陽性患者の生存率)
また、この試験の最も重要な評価項目とした全生存率(手術群92.5パーセント、処置なし群91.8パーセント)でも有意差は認められず(図3)、生存率が良くない患者を予測する因子としては、「高齢」、「エストロゲン受容体陰性」、「術後補助療法なし」の3因子のみで、リンパ節郭清の有無は生存に影響を与えなかった。
演者でジョン・ウェイン・キャンサーセンターのアルマンド・E・ジュリアノさんは、「今回の研究では、センチネルリンパ節を切除するだけで、腋窩リンパ節郭清と同様の良好な局所コントロールが得られ、生存期間も同等であった。これは、初期のリンパ節転移を有する患者に対する腋窩リンパ節切除が妥当ではないということを示唆するものであり、今後、その役割について再考すべきである」と指摘した。
またミラーさんは、「この結果を、高リスク患者や乳房全摘出術を行う患者に当てはめるべきではないが、今回の試験対象に該当する患者では、術後にリンパ節転移陽性であることが明らかになって、腋窩リンパ節郭清をすべきかどうか迷った場合、“避ける”という選択肢も理にかなっていることが裏付けられた」と解説した。
免疫組織化学染色は必要なし?
(センチネルリンパ節微小転移別の生存率)
また、ACOSOGZ0010と呼ばれる試験では、免疫組織化学染色(*)によるセンチネルリンパ節検査の妥当性が調べられた。臨床的にリンパ節転移や遠隔転移がない、病期1~2の患者で、乳房温存手術が予定されていた5210例のうち、センチネルリンパ節の一般的な検査法で陰性だった3995例を登録。センチネルリンパ節および骨髄への微小転移の頻度と、予後予測因子としての重要性が検討された。
センチネルリンパ節への微小転移は、免疫組織化学染色と呼ばれる方法で検査し、陽性(微小転移あり)だった患者は349例(10パーセント)、陰性(微小転移なし)だった患者が2977人。両群における無病生存率、全生存率を比較したところ、差が認められなかった(図4)。
この結果は、一般的なセンチネルリンパ節検査法で陰性であれば、免疫組織化学染色で検査する必要はないことを示唆するものであり、演者であるMDアンダーソンがんセンターのケリー・ハントさんは、「センチネルリンパ節検査として、日常的に免疫組織化学染色を行うべきではない」と結論を下した。
一方、骨髄穿刺が行われた3413例のうち104例(3パーセント)に骨髄への微小転移が認められ、これらの患者の5年生存率は90パーセント。骨髄への微小転移のない患者(95パーセント)と比較すると、明らかに予後不良であることが示された。ただし、既にわかっている臨床因子や生物学的因子を考慮して解析を行ったところ、骨髄への微小転移は、予後を予測する上で有意な因子ではないことがわかった。
エモリー大学のウィリアム・C・ウッドさんは、「3パーセントの患者を把握するために骨髄穿刺を行う必要はないことを示す結果であり、歓迎したい」と述べている。
*免疫組織化学染色=一般的な検査で発見できない少数の細胞や微小転移も発見できる染色法
センチネルリンパ節陰性なら腋窩リンパ節郭清は不要
(センチネルリンパ節陰性患者の生存率)
そのほかにも、患者に利益がない上、体への負担が大きい治療は省略できることを示すいくつかの試験結果が報告された。
NSABPB-32と呼ばれる試験では、センチネルリンパ節陰性であれば、センチネルリンパ節切除だけで腋窩リンパ節郭清を行わなくても局所再発率は極めて低く、生存率にも全く差がないことが示された(図5)。しかも腋窩リンパ節郭清を行った患者のほうが肩の動きやすさや神経障害などの後遺症が明らかに多く、腋窩リンパ節郭清を省略したほうが患者のメリットは大きいと考えられた。
すでに臨床の現場では、センチネルリンパ節陰性で低リスクの患者においては、腋窩リンパ節郭清を省略することが受け入れられているが、それが今回、明らかなエビデンス(根拠)として示されたことになる。ミラーさんは、「(この試験のように)よく訓練され、熟練した外科医によって適切な処置が行われ、センチネルリンパ節生検で陰性と判定された場合、腋窩リンパ節郭清は不要であることが確認された」と述べた。
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