たとえ全摘必須でも、乳房を失わない方法がある
美しき乳房温存を目指す――内視鏡手術と凍結療法
医療法人鉄蕉会
亀田総合病院乳腺科部長の
福間英祐さん
乳房温存療法の普及で、乳がんは早期ならば乳房を失わずに摘出できるようになりました。しかし、乳房温存療法の適応にならない人もいます。
こうした人のために、救命と美容の両立に取り組んできたのが、亀田総合病院乳腺科部長の福間英祐さんです。
福間さんは、世界で初めて乳がん治療に内視鏡を導入、最近は全く乳房にメスを入れない凍結療法にも取り組んでいます。
全摘手術でも乳房の形を残したい
日本で乳房温存療法が行われるようになったのは、1985年頃のことです。かつては、乳房だけではなく、胸の筋肉まで摘出する手術(ハルステッド法)が一般的だったのですから、これは画期的な進歩でした。
しかし、乳房温存療法の適応は、基本的にはがんの大きさが3センチまで。乳房温存療法の対象にならない患者さんも少なくないのです。福間さんが内視鏡による乳がん手術を考えたのも、ここからでした。
「日本で、乳房温存療法が広まりはじめたのは90年代に入ってからです。90年代半ばになると乳がん全体の4割ほどに乳房温存療法が行われるようになりました。しかし、温存手術ができなくて乳房全摘になる人もやはり多く、そうした患者さんに何とか再建し、きれいな形の乳房を残せないか、温存手術に続く方法がないか、と思って始めたのが内視鏡手術だったのです」と福間さんは語ります。当時、日本は内視鏡手術の黎明期にありました。検査機器として導入された内視鏡が、初めて手術に使われたのは1989年のこと。内視鏡で、胆石患者の胆のう摘出術が行われたのが最初です。
当時、福間さんも同じ病院に在籍し、その様子を身近に見ていたといいます。これをきっかけに内視鏡による手術は急速に発展し、手術に適した道具も次々に開発されていったのです。
さらに、欧米ではすでに美容整形で、脇の下から内視鏡を挿入してバストを美しくする豊胸術が行われていました。
それならば、乳がん手術も内視鏡でできるのではないか、と福間さんは考えたのです。内視鏡で乳房の皮膚を残して中の組織だけを摘出することができれば、美容整形の要領できれいに乳房を再建できます。こうして、1995年、初めての内視鏡による乳房全摘術が行われました。
皮膚を残して乳腺組織のみを摘出
内視鏡による乳房全摘術は「フランスパンに穴を開けて中身を取り出すようなイメージ」と、福間さんは説明します。通常、パンの中身を食べるためにはパンを2つに割らなければなりません。内視鏡手術は、そのかわりにパンに小さな穴をあけ、そこから中身を取り出すようなものだというのです。
基本的に、傷は2カ所。内視鏡や手術器具を挿入するために乳輪の境目に沿って小さな切開をひとつ。さらに、脇の下にも2センチくらいの切開を入れます。いずれも小さな切開で、脇の下は斜めに切るので、術後はシワに隠れてほとんどわからなくなるそうです。
乳がんの多くは、お乳の通り道である乳管から発生します。ふつう、乳房全摘術では、この乳管や脂肪からなる乳房の組織を胸の筋肉(大胸筋)から剥がして皮膚ごと切除します。
しかし、内視鏡手術の場合は小さな切り口から手術器具を入れて、乳房の組織を胸の筋肉から剥がします。さらに皮膚からも組織を剥がしてしまいます。こうしてフリーになった乳房の組織を切り口から取り出してくるのです。
つまり、中身はなくなりますが、乳房の皮膚や乳首、乳輪は残ります。ここにシリコンバックなどを入れて膨らませれば、外見的にはほとんど以前と変わらない乳房を取り戻せる可能性があるのです。同じようにがんは摘出されても、乳房を切断し傷が大きく残る全摘術とは大きな違いです。
また、今、乳がんでは脇の下にリンパ節転移が疑われる場合、センチネルリンパ節生検が行われることが多くなりました。センチネルリンパ節は、がん病巣から最初にがん細胞が流れ着くリンパ節です。ここに転移がなければリンパ節転移はない、したがってリンパ節郭清(かきとること)は不要と考えられています。これも、腕のむくみなど手術による後遺症を減らす大きな力になっています。
福間さんたちは、このセンチネルリンパ節生検にも内視鏡を導入。内視鏡専用の色素法を開発し、放射性同位元素と併用してセンチネルリンパ節を見つけ出し、生検を行っています。
ちなみに、もしこの検査でリンパ節郭清が必要となった場合には「脇の下の切開を4~5センチにして直視下にリンパ節郭清を行う」とのこと。内視鏡でリンパ節郭清を行うこともできますが、「それだと1~1.5センチの切開を3カ所も入れなくてはなりません。脇の下は4~5センチ切開しても目立たないので」、少し切開を大きめにして、直接肉眼で見てリンパ節郭清を行うそうです。
つまり、内視鏡手術といっても、皮膚が残るだけで、通常の全摘手術とまったく同じことをするわけです。「違うのは傷が小さい点だけで、摘出する範囲や量は一般の手術と同じです」と福間さん。
内視鏡手術というと、体の負担が少ないイメージがありますが、乳がんの場合は目的が異なります。手術時間も一般の手術とほとんど同じ。体にかかる負担も、手術とあまり変わらないのです。
メリットは美容面だけではなく
では、内視鏡手術のメリットはどこにあるのでしょうか。皮膚や乳首、乳輪が残るので、ほとんど以前と変わらない乳房を再建できるというのが最大のメリットであることは言うまでもありません。
「乳房温存療法でも、乳房の皮膚を切り取らないので内視鏡で手術をしたほうが、きれいに治ります」と福間さんは話しています。実際に、亀田総合病院では0期から3A期の一部まで、つまり手術適応になる乳がんは温存療法から全摘まで、皮膚にがんが食い込んでいない限り、すべて内視鏡で手術を行っています。
皮膚のひきつれや違和感が少なく、リハビリを早く開始できますし、手術後に患者さんのQOL(生活の質)を評価するテストでも、内視鏡手術のほうが不安感が少なく、患者さんの満足度も高いという結果が出ています。メリットは美容面だけではなく、がんの手術法としても、内視鏡はすぐれた長所を持つといえるでしょう。
とくに福間さんが指摘するのは、「視野拡大がよい」という点です。肉眼では、見える角度や大きさが限定されますが、内視鏡は目的の部位にカメラを近づけ、好きな角度から拡大してみることができます。
「皮膚からきれいに乳房の組織を剥がしたり、胸の大胸筋の筋膜を剥がすには、内視鏡のほうが精密にできます。とくに乳がんの手術では、側胸部をいかにきれいにとるかが大切。側胸部には、大胸筋に続く筋肉があり、この筋肉を包む筋膜を含めて乳房組織をとってしまえば、乳腺をきれいに取りきることができます。小さな視野で手術をすると取り残しの危険もありますが、内視鏡なら端まできれいに乳腺組織をとることができるのです」と、福間さんは言います。
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