術後のホルモン療法はアロマターゼ阻害剤を、そしてより長期に
早期のうちに微小転移を抑える乳がんの術後治療
兵庫医科大学
乳腺内分泌外科准教授の
三好康雄さん
乳がんは、少なからず再発が起こる。しかし、再発が起こってから治療をしても完治するのはなかなか難しい。治療は再発する前に手を打つ必要がある。微小転移の段階で化学療法やホルモン療法を行えば転移を抑えることができ、治癒も目指すことができるのだ。
乳がんの術後治療で微小転移を死滅させる
乳がんの手術が行われた場合、患部のがんがきれいに取り除かれたとしても、それで完全に治るとは限らない。画像検査などでは見つからないほどの微小転移が、そのときすでに起きている可能性があるからだ。
微小転移が起きているのに、それに対する治療が行われないと、がんはだんだん大きく増殖していく。そして、5ミリメートルから1センチメートルになったところで、画像検査で見つかることになる。このように、手術時にすでに起きていた微小転移が、いずれ乳がんの再発につながるのである。
兵庫医科大学准教授の三好康雄さんは、再発してから治療するのと、微小転移の段階で治療するのでは大違いだという。
「いったん再発が起きてしまうと、治療を行っても、それを完全に治すのはなかなか困難です。ところが、微小転移の段階であれば、化学療法やホルモン療法によって、再発を防ぎ、治癒に持ち込むことができます。そのため、手術の後には、患者さんのリスクに応じた術後治療が行われているのです」(図1)
微小転移は画像検査などで写らない大きさなので、誰にあって、誰にないのか、実際にはわからない。ステージが進むにつれて再発率は高くなるので、進行に伴い、微小転移の可能性が高まると考えられる。しかし、ごく初期で手術をしても、再発が起きることはある。ごく初期で発見された乳がんでも、微小転移が起きていないとは言い切れないのだ。
リスクの程度に応じて術後治療を選択する
乳がんの術後治療は、再発リスクを評価し、それに応じた治療が選択されることになる。その際、よく使われるのが、「ザンクトガレンの推奨治療」や「NCCN(全米総合がん情報ネットワーク)のガイドライン」だという。
「ザンクトガレンの推奨治療であれば、リンパ節転移の有無、腫瘍径、異形度(悪性度)、ホルモン受容体の有無などのファクターによって、再発リスクを、低リスク、中間リスク、高リスクに分けます。そして、ホルモン反応性か、非反応性かによって、どのような術後治療を行うかを決めるのです」
乳がんの手術を受けると、切除した乳がんの組織の病理検査が行われ、その結果も考慮して再発リスクが評価されるわけだ。
「原則として、リスクが高い患者さんには化学療法を行います。抗がん剤を使うかどうかは、あくまでリスクを中心に決めます。一方、ホルモン療法に関しては、ホルモン受容体の有無で判断されます。ホルモン受容体陽性の場合には、基本的に全例にホルモン療法を行います」
術後の薬物療法としては化学療法とホルモン療法があるが、ホルモン療法とはどのような治療なのだろうか。それを簡単に説明しておくことにしよう。
乳がんには、エストロゲン(女性ホルモン)を利用して増殖するタイプと、それとは関係なく増殖するタイプがある。そこで、女性ホルモンを利用するタイプに対しては、エストロゲンが作用するのを抑える薬や、エストロゲンが作られるのを抑える薬が使われる。これがホルモン療法なのだ。
「ホルモン療法は、乳がんの増殖を止める治療で、がんを直接殺す治療ではありません。したがって、ホルモン療法を5年間続けても、まだがんが残っていることがあります。ただ、長期にわたって増殖を止めた状態を維持することで、やがてがんの死滅につながると考えられています」
ホルモン療法は、直接がんを死滅させる治療法ではないが、続けることでがんが死滅することもある。臨床試験の結果からも、そう考えることができるそうだ。
閉経後の人に効果的なアロマターゼ阻害剤
まず、ホルモン療法を行った場合と、行わなかった場合の比較だ。多くの試験があり、それらを総合的に検討した結果が報告されている。
それによれば、術後にタモキシフェン(商品名ノルバデックスなど)を5年間投与すると、術後治療をしなかった場合に比べ、術後15年の時点で、再発率が26パーセント減少することが明らかになっている(図2)。
レトロゾール | アナストロゾール | |
---|---|---|
観察期間(中央値) | 51カ月 | 100カ月 |
試験開始時の年齢 | 61歳 | 64歳 |
再発リスクの低下 | 22% | 24% |
遠隔再発リスクの低下 | 19% | 16% |
全死亡リスクの低下 | 有意差なし | 有意差なし |
タモキシフェンは抗エストロゲン剤に分類される薬で、エストロゲンが乳がんに働きかけるのを抑える働きを持っている。患者の体内でエストロゲンが分泌されても、その影響が乳がんに及ばないようにする薬だ。
かつての術後治療では、閉経前の人にも、閉経後の人にも、タモキシフェンが使われていた。その後、閉経後のホルモン療法のためにアロマターゼ阻害剤が開発された。
閉経すると卵巣からのエストロゲン分泌は止まるが、エストロゲンがまったく作られなくなるわけではない。副腎で分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)を材料にして、アロマターゼという酵素の働きによって、エストロゲンが作り出される。アロマターゼ阻害剤は、この酵素の作用を阻害することで、エストロゲンができるのを防ぐ働きを持っている。
閉経後の術後治療に、タモキシフェンがいいのか、アロマターゼ阻害剤がいいのかを比較した臨床試験が行われている。アロマターゼ阻害剤には、フェマーラ(一般名レトロゾール)、アリミデックス(一般名アナストロゾール)、アロマシン(一般名エキセメタスン)の3種類があるが、次のような結果が報告されている。
閉経後の患者を対象とし、術後治療にタモキシフェンを使った場合と、フェマーラを使った場合の比較試験がある。これによれば、フェマーラを使ったほうが、再発リスクが22パーセント減少することが明らかになっている(図3)。
「これらの臨床試験によって、ホルモン受容体陽性なら、術後のホルモン療法を受けたほうがいいし、閉経後なら、タモキシフェンよりアロマターゼ阻害剤を使うほうがいい、ということがわかります」 これが術後のホルモン療法の基本的な考え方となっているそうだ。
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