明確になった乳がんの「個別」治療の方向性
同じ乳がんでもタイプ別で異なる病気。治療法もそれぞれ異なる
浜松オンコロジーセンター長の
渡辺亨さん
2006年のASCOの発表で最大のトピックスといえば、乳がんの「個別」治療という方向性が明確になったこと。
HER2タンパク強陽性とホルモン受容体陽性という2つのタイプの乳がんに対して、それぞれ生存期間延長を示す画期的な臨床試験データも示された。浜松オンコロジーセンター長の渡辺亨さんにその報告を聞く。
同じ乳がんでもまるで別の病気
「乳がんに関する演題が年々増えています。乳がんの治療技術の進歩がきわめて目覚ましいものであることを物語っています」
浜松オンコロジーセンター長の渡辺亨さんは、今年のASCO(米国臨床腫瘍学会)の熱気をこう伝える。乳がんをテーマにしたセッションの数自体も増えており、クリニカル・サイエンス・シンポジウムという特別プログラムでも、乳がんをテーマにした発表が多かった。
「今年の特徴は、乳がん治療における個別化の流れができたこと、それに骨のケアの重要性が前面に示されたこと、その2つですね」
まず、「乳がん治療の個別化」というのは、1990年代に明らかになった乳がんのいろいろな病型が、完全に分類として定着したということだ。乳がんの中でも、がん細胞にホルモン受容体が陽性の(強く働いている)がんは、女性ホルモンで育つのでホルモンを絶つ治療を行う。がん細胞にHER2というタンパクが陽性なら、がんはここから増えるのに必要な信号を受け取るので、そこを遮断してしまうハーセプチン(一般名トラスツズマブ)という薬(分子標的薬)で治療する。このように同じ乳がんでも、病型によってまるで別の病気であるかように異なった治療方針を立てるようになってきた。
あなたの乳がんは何タイプ?
具体的にいうと、乳がんは「ルミナル(Luminar)A」、「ルミナルB」、「ベーサル(Basal)・ライク」、「HER2ディジーズ(disease)」と大きく4種類の病型に分類されている。このような病型分類は、「マイクロアレー」と呼ばれる最新テクノロジーにより、がんの遺伝子が発現するパターンの違いに基づいている。
「ルミナルは“内腔”のことであり、分泌腺などの内腔の細胞で発現しているような遺伝子が発現しているタイプの乳がんが、ルミナルAやルミナルBです。具体的にいえばホルモン受容体が陽性の乳がんがこれに分類されます。また、ベーサル・ライクのベーサルは“基底細胞”のことです。皮膚など、体のあちこちに存在する基底細胞で発現しているような遺伝子が発現するタイプのがんで、ホルモン受容体もHER2も強く働いておらず、私たちはこれを“ツルツル乳がん”と呼んできました。一方、HER2ディジーズは、名前の通りHER2タンパクが発現した乳がんです。こうしてみると、『なんだ、今までわかっていた分類じゃないか』と思う人もいるかもしれませんが、これまで言われてきたことが、新しいテクノロジーにはっきりと裏打ちされるようになったと見るべきです。従来の病型分類が確立されたものになったことで、病型ごとに最適の治療法を追求するというスタンスが明確になってきました」
やっかいな“ツルツル乳がん”
乳がんの4つの病型の中で現在最大の関心事となっているのが“ツルツル乳がん”のベーサル・ライクのタイプの治療だ。このがんは、何をどう食べて成長しているかがわからない。ホルモンを食べているがんとわかればそれを取り上げればいいし、HER2タンパクが働いているがんだったら、そこを遮断することが最適の治療法になる。しかし、ベーサル・ライクのがんはどう栄養をとっているかわからないために、どのような治療が適しているかがみつかっていないのだ。そこで、このタイプの乳がんの治療法としては、従来の細胞毒性(正常細胞にもダメージを与える)の抗がん剤を用いるしかない。しかし、細胞毒性抗がん剤にもいろいろな種類がある。
・微小管作用薬のタキサン系抗がん剤―がん細胞の分裂を阻害する
・アドリアシンなど、アントラサイクリン系抗がん剤やエンドキサンなど―がん細胞のDNAにダメージを与える
・TS-1、ゼローダなど、代謝拮抗薬の5-FU系抗がん剤―DNAの材料として取り込まれ合成を阻害する
これらのうちどんなタイプの抗がん剤がより有効かを探るのが当面の課題となっている。
術後のハーセプチン治療で生存期間延長
今年のASCOではHER2ディジーズの乳がんについて、2つの大きなトピックスがあった。最大の話題はラパチニブと呼ばれる新しい分子標的薬の登場である。
「ハーセプチンはHER2が強陽性の乳がんに効果を示しますが、ラパチニブはHER2ばかりでなく、HER1というタンパクが陽性のがんにも効果があるとされています。しかし、実際にはどうもHER2強陽性のがんに作用するようで、効果はハーセプチンと共通する部分があるようです。そのためラパチニブは今後、ハーセプチンが1度は効いたけれど、効かなくなった患者さんなどに使われることになるでしょう。あるいは最初から経口薬であるラパチニブをハーセプチンの代わりに用いる場合も考えられます。さらにはハーセプチンと同時併用することにより強い効果が得られるかもしれません。日本でもすでに治験が行われています」
[ラパチニブの全生存率]
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