渡辺亨のザンクト・ガレン乳がん国際会議レポート
4年ぶりの改定。大きく変わったリスク分類と治療方法
世界的に大きな注目を浴びる
ザンクト・ガレン乳がん国際会議
2005年1月26日~29日の4日間、第9回乳がん初期治療に関する国際会議が、スイスの古都、ザンクト・ガレンで開催されました。
前回、2003年の会議では、ほとんど変更がなかった、リスクカテゴリー、および選択すべき治療方法の指針について、今回は、かなり大きく改訂されました。
この記事は、腫瘍内科医の第一人者である渡辺亨さんに速報として解説していただいたものです。
会議の詳細については、がん治療専門雑誌、『ジャーナル・オブ・クリニカル・オンコロジー』(JCO)の公式レポートを参照してください。
ザンクトガレン・コンセンサス・カンファレンス
ザンクト・ガレンは、スイス・チューリッヒから車で東へ1時間半、世界遺産に指定された修道院で知られる古都です。1978年以来3年ごとに(2001年からは隔年ごと)、この街を舞台に乳がんの術後治療に関する国際会議が開催されてきました。
第9回目を迎える2005年の会議は、1月26日~29日、連日の雪の中で開催されました。開催ごとに参加者は増えて、今回は世界から4100人の乳がん専門家を迎えました。日本からの参加者は事前登録で66人を数えています。
シンポジウムは1日目から3日目まで、乳がん診療のそれぞれのトピックスに関して3、4人の演者が全体をわかりやすくおさらいします。トピックスは、予防、検診、診断、病理診断、ホルモン療法、抗がん剤治療などがあり、計9つのセッションで構成されています。このセッションでの討議により、現在の最先端の乳がん診療の動向や最新のエビデンス(根拠)にはどのようなものがあるかが示されるわけです。
そして、最終日の朝9時から12時半まで約3時間半にわたり、行われる討議は、通称「ザンクトガレン・コンセンサス・カンファレンス」と呼ばれています。「コンセンサス」とは、合意という意味で、コンセンサス・カンファレンスは、この国際会議のハイライトとなります。
4年ぶりの大改訂が実現
このカンファレンスでは、世界で乳がんの臨床試験を進めているグループの代表がパネリストとして壇上に並び、2名の司会者のもとに各テーマごとにコンセンサスをまとめていきます。今年のパネリストは、29名でした。今回新たな試みとしてアンサー・パッドが導入され、あらかじめ用意された質問事項に対して、パネリストがこれを使いながらイエス・ノーで答える形式が取り入れられました。これにより正面のスクリーンに、イエス・ノーの回答数が表示され、コンセンサスの中身をその場で確認することができるわけです。
じつは前回の2003年の会議では、長年司会者を務めてきたアメリカ、フィラデルフィア大学のジョン・グリックが降板し、別の司会者に代わったのですが、議事進行がスムーズに行かないため、意見がまとまらず、まるで「朝まで生テレビ」の状態でコンセンサスが何であるかが確認できないまま終了してしまいました。
このため、世界の乳がん治療のコンセンサスは2001年からほとんど変わらず、4年間の空白ができてしまったような感じです。そこで、そのような失敗を繰り返すことがないようにアンサー・パッドのシステムが採用されたのです。
リスク カテゴリー | 内分泌反応性 | 内分泌非反応性 |
---|---|---|
低リスク | 腋窩リンパ節転移陰性、*ER、*PRいずれか 陽性で病理学的腫瘍浸潤径 < 1 cm <または> 腋窩リンパ節転移陰性、ER、PRいずれか 陽性で以下のすべての項目をみたす ●病理学的腫瘍浸潤径 < 2 cm ●グレード 1 ●年齢 35歳以上 ●広汎な脈管浸潤なし ●HER2の過剰発現/増幅なし | 該当しない |
中リスク | 腋窩リンパ節転移陰性、ER、PRいずれか 陽性で以下の項目のうち1つ以上該当 ●病理学的腫瘍浸潤径 > 2 cm ●グレード 2、3 ●年令 35歳未満 ●広汎な脈管浸潤あり ●HER2の過剰発現/増幅あり <または> 腋窩リンパ節転移1~3個陽性、ER、PR いずれか陽性で以下のすべて該当 ●広汎な脈管浸潤なし ●HER2の過剰発現/増幅なし | ER、PR陰性で 左の諸条件をみたす |
高リスク | 腋窩リンパ節転移1~3個陽性、ER、PR いずれか陽性で以下のいずれか該当 ●広汎な脈管浸潤あり ●HER2の過剰発現/増幅あり <または> 腋窩リンパ節転移4個以上陽性、ER、PR いずれか陽性 | ER、PR陰性で 左の諸条件をみたす |
*ER=エストロゲン・レセプター *PR=プロゲステロン・レセプター
重要な意味を持つ「コンセンサス(合意)」
どのような特性(予後因子、予測因子)――手術前後の検査結果というふうに考えてよいと思いますが――を持った患者さんに対して、どのような治療を行うかということを選ぶ際には、しっかりとした臨床試験で得られた結果が、もっとも信頼できるエビデンス、ということになります。したがって、腫瘍専門医は、常に最新のエビデンスを把握している必要があります。具体的には、最新英語論文を読む、海外や国内の学会に参加する、などです。
また、同時に、医師にとっては、日本での臨床試験を実施することも大変重要であり、日本で行われた臨床試験成績について論文を書く、海外や国内の学会で発表する、などもエビデンス作りには大切な活動です。
治療方法を選ぶ際には、最新のエビデンスを適用することが望まれますが、それですべてに応えることができるわけではありません。どの薬剤を、どういう順番で、どんな組み合わせで使用するか、放射線は必要か、手術の範囲は、どの程度が適切か、手術は必要かなど、様々な疑問について、すべて臨床試験で確認されているわけではないのです。むしろエビデンスが得られていない領域、項目のほうが多く存在しています。
そこで、ザンクトガレン・コンセンサス・カンファレンスでは、エビデンスを尊重しつつ、エビデンスが不十分な問題については、専門家の意見をだしあって、とりあえず、2005年の時点では、「これぐらいのところが妥当なところでしょうと」聴衆の前で話し合い、合意を形成するわけです。
ですから、決して、この会議が、最も権威があるとか、この会議での決定が何よりも重要で、金科玉条の如くに扱う必要は、全くないと思います。大切なことは、この会議で形成された合意が、どのような考え方に基づいているのか、ということを正しく理解し、その上で、担当医師は、患者に対して、現時点では、最も合理的、あるいは、効果的と考えられる治療方法を説明し、それを患者が受け入れるかどうかを相談する、というプロセスなのだと思います。
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