ハーセプチンの適応拡大で治療法が増え、QOLもさらに向上
待望の「術前化学療法」も認められた分子標的治療
分子標的治療の展望を語る
山本尚人さん
患者さんに朗報! 今年4月、分子標的薬ハーセプチンの適応拡大が承認され、術前化学療法が保険適用となった。
タイケルブや多彩な抗がん剤との組み合わせによる治療法も続々と効果が認められ、乳がんの分子標的治療はますます充実しつつある。
タイプ別に進められる乳がんの薬物療法
最近、乳がんの薬物療法は、進行度よりも、乳がんの性質を中心に考えられるようになった。乳がんの性質は、ホルモン感受性(*)がある(陽性)か、ない(陰性)か、また、HER2というタンパクが過剰にある(陽性)か、ない(陰性)かが病理検査で調べられ、以下の5タイプに分類される。そのタイプに応じて、どの薬物療法が行われるかが決まるのだ。
①ホルモン感受性が陽性で、ホルモン療法が非常によく効く、HER2陰性のタイプ
②ホルモン感受性が陽性で、ホルモン療法がある程度効くが、抗がん剤を加えたほうがよいと思われるHER2陰性のタイプ
③ホルモン感受性が陽性で、ホルモン療法が効きそうな、HER2陽性のタイプ
④ホルモン感受性が陰性で、ホルモン療法が効かない、純粋なHER2陽性のタイプ
⑤ホルモン受容体もHER2も陰性の、いわゆるトリプルネガティブのタイプ
分子標的薬(*)は、HER2が陽性である③と④のタイプに対して行われる。HER2陽性の乳がんは、患者さん全体の約20パーセントだ。
HER2陽性の場合、基本的には、分子標的薬のハーセプチン(*)を用いる。この薬は、2001年、まずは転移・再発乳がんを対象に保険適用され、2008年には術後の補助化学療法に適用された。
*ホルモン感受性=ホルモン療法に効果があるかどうかの性質
*ハーセプチン=一般名トラスツズマブ
*分子標的薬=体内の特定の分子を標的にして狙い撃ちする薬
術後の補助化学療法に欠かせないハーセプチン
ハーセプチンは、HER2陽性の乳がん術後の補助化学療法では欠かせない。術後補助化学療法は、手術後、全身に広がっている可能性のあるがん細胞を退治して、再発を予防するために行われる。
基本的な使い方について、千葉県がんセンター乳腺外科部長の山本尚人さんは、アメリカのNCCN(*)のガイドラインを基に次のように解説する。
HER2陽性の場合、ホルモン感受性の有無、リンパ節転移の状況、腫瘍の大きさによって、治療内容が分かれる。大雑把に言うと、ホルモン感受性がある場合にはホルモン療法が適応になる。リンパ節転移があれば、ハーセプチンは治療内容に必ず入る。リンパ節転移がなくても、腫瘍の大きさが6~10ミリの場合は、術後にハーセプチンを用いることが多いが、この対応は施設や担当医によってさまざまだ。なお、ハーセプチンは、抗がん剤療法を受けた後に必ず、もしくは抗がん剤とセットで用いられる。
「HER2陽性の乳がんで、術後補助化学療法でハーセプチンをしなくてもよいのは、腫瘍の大きさが5ミリ以下で、本当に初期に見つかった方だけ。HER2陽性なら、ほとんどの患者さんが術後の補助化学療法の適応になります」
*NCCN=米国包括的がんセンターネットワーク
転移・再発した場合の使い方
また、HER2陽性の転移・再発乳がんに対する再発後の1次治療は、ハーセプチンと抗がん剤を併用する。抗がん剤は、以下の4つの組み合わせの中から選択する。
ハーセプチンに加えて、
①タキソール(*)の併用。または、この2剤+ パラプラチン(*)の3剤併用
②タキソテール(*)の併用
③ナベルビン(*)の併用
④ゼローダ(*)の併用
これらの1次治療が効かなくなった場合、2次治療として、次の4つから選ぶことになる。
①タイケルブ(*)とゼローダの併用
②ハーセプチンと1次治療で使用しなかったほかの抗がん剤との併用
③ハーセプチンとゼローダの併用
④ハーセプチンとタイケルブの併用
2次治療の①②③は承認されているが、④は日本では保険適用が認められていない。
「以前は、HER2陽性の転移・再発乳がんの予後(*)はあまりよくありませんでした。しかし、ハーセプチンの登場により治療効果はかなり向上したため、今では再発してからの生存期間は、HER2が陽性でも陰性でも、それほど差はないと思います」
と山本さんは解説する。
*タキソール=一般名パクリタキセル
*パラプラチン=一般名カルボプラチン
*タキソテール=一般名ドセタキセル
*ナベルビン=一般名ビノレルビン
*ゼローダ=一般名カペシタビン
*タイケルブ=一般名ラパチニブ
*予後=今後の病状の医学的な見通し
ハーセプチンがダメでもタイケルブがある
併用療法とカペシタビン単剤療法の比較]
[HER2陽性の転移性乳がんに対してトラスツズマブが効かなくなった後、
トラスツズマブ+ラパチニブ併用療法とラパチニブ単剤療法の比較]
ハーセプチンは大きな効果を示しているが、すべてのHER2陽性の転移・再発乳がんに効くわけではない。使い続けていると、ハーセプチンが効きにくくなるとか、効かなくなることもある。そうしたときに使われ始めたのが、新しい分子標的薬のタイケルブだ。
タイケルブは、2009年、転移・再発乳がんの治療薬として、ゼローダとの併用で保険適用された。タイケルブもゼローダも内服薬で、前述したように2次治療の1つとして登場した。
2次治療には、ハーセプチンとタイケルブの併用療法もある。分子標的薬同士の組み合わせだ。2つの作用は異なる。簡単に言えば、ハーセプチンは分子量が大きくて細胞膜を通過できないため、細胞膜の外側で作用する。タイケルブは分子量が小さいため、細胞膜を通過して、細胞の内部に入り込んで働く。
この併用療法の効果をはかった臨床試験がある。HER2陽性の転移・再発乳がんで、ハーセプチンが効かず病状が進んでしまったときに、タイケルブ単剤療法と、ハーセプチンを継続しながらタイケルブと併用した療法との比較試験だ。6カ月後の生存率は、タイケルブ単剤療法では70パーセントに対し、併用療法は80パーセント。12カ月時点では、単剤療法は36パーセント、併用療法は45パーセントで、まだ最終結果ではないが併用したほうが良好な結果だった。
「12カ月までは、併用療法のほうがよい結果が得られています。米国では、この臨床試験の結果により、2つの分子標的薬の併用療法が2次治療の選択肢の1つになったのだと思います」
なお臨床試験では、タイケルブとタキソールの併用療法も良好な結果が得られているという。
同センターで、分子標的薬を用いて劇的な効果を得られたケースを紹介しよう。
60歳・右乳がん・肺転移・ステージ4のケース
HER2陽性で肺転移した乳がんで、1次治療として、ハーセプチンとタキソールの併用療法を行った。残念ながら病状を抑えきれず、進行してしまった。そこで、2次治療として、タイケルブとゼローダの併用療法を行ったところ、9カ月後、右肺の転移がきれいに消えた。
「タイケルブとゼローダの併用療法は、ハーセプチンが効かなくなった場合になるべく早めに使用したほうが治療効果が期待できると思います」と山本さん。
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