より推奨の治療法が明確化した「ガイドライン」 HR陽性、HER2陰性の進行・再発乳がんの最新治療
『乳癌診療ガイドライン』(2018年刊行)は、新薬の登場などに合わせ、Web版の改訂が行われてきた。約1年前の2020年8月には、Ver.4のWeb版改訂が行われ、閉経後のHR(ホルモン受容体)陽性転移・再発乳がんに対する治療の推奨の強さなどが新しくなった。推奨される治療がどのように変わったのか、最も強く推奨される治療はどのようなものなのか、がん研有明病院乳腺内科医長の原文堅さんに解説してもらった。
推奨の強さに強弱がつけられた
『乳癌診療ガイドライン2018年版』のCQ(クリニカルクエスチョン)15には、「閉経後ホルモン受容体陽性転移・再発乳がんに対する1次内分泌療法として、何が推奨されるのか?」という疑問が掲げられている。
Ver.4となる2020年8月の改訂により、推奨される治療法は次のようになった。
●*アロマターゼ阻害薬と*サイクリン依存性キナーゼ4/6阻害薬の併用を行うことを強く推奨する。(推奨の強さ:1)
●*フルベストラント500㎎単剤の投与を弱く推奨する。(推奨の強さ:2)
●アロマターゼ阻害薬単剤の投与を弱く推奨する。(推奨の強さ:2)
*アロマターゼ阻害薬:エキセメスタン(商品名アロマシン)/アナストロゾール(同アリミデックス)/レトロゾール(同フェマーラ)
*サイクリン依存性キナーゼ4/6阻害薬:パルボシクリブ(商品名イブランス)/アベマシクリブ(同ベージニオ)
*フルベストラント(商品名フェソロデックス)
Ver.4が出るまでは、ここに挙げられている3種類の治療は、いずれも(推奨の強さ:1)となっていた。つまり、3種類とも強く推奨されていたわけだ。それが、1種類だけ(推奨の強さ:1)として残り、あとの2種類は(推奨の強さ:2)になり、推奨の強さが下げられることになった。
強く推奨される治療として残ったのは、アロマターゼ阻害薬とCDK(サイクリン依存性キナーゼ)4/6阻害薬の併用療法である。この治療が強く推奨される理由を、がん研有明病院乳腺内科医長の原文堅さんは次のように説明してくれた。
「アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用療法の有効性は、複数のランダム化比較試験によって証明されています。それに加え、この治療が行われるようになってからのフォローアップ期間が長くなってきましたが、有効性が一貫していることも明確になってきました。また、この併用療法には副作用があって、下痢や白血球減少などが問題視されてきました。しかし、治療経験が増えるに従い、副作用に対しても、実臨床で十分にマネジメントできるようになってきました。これらのことから、他の2種類の治療に比べ、強く推奨できる治療だということになったのです」(原さん)
かつてのガイドラインでは、エビデンス(科学的根拠)だけで推奨の強さが決められていたが、『乳癌診療ガイドライン2018年版』からは、益と害のバランスを考慮して推奨の強さを決めているという。
「臨床試験結果だけで推奨の強さが決められるのではなく、副作用のことやコストのことなども考慮することになったのです。より患者さん目線で、治療法が推奨されるようになったと言えます」(原さん)
アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用療法は、有効性が一貫しているのに加え、副作用マネジメントができるようになったことで、益と害のバランスから、(推奨の強さ:1)のまま残されることになった。
では、他の2種類の治療が(推奨の強さ:2)に変えられたのは、どのような理由からなのだろうか。フルベストラント単剤投与に関しては、次のような理由だという。
「フルベストラント単剤投与の有効性を示す大規模なランダム化比較試験は1種類しかなく、その試験の対象は、〝ホルモン療法が行われていない人〟となっていました。一般的には、手術の後にホルモン療法を何年か行って、それから再発している人が多いので、この臨床試験にそのまま当てはまる人は多くありません。そうしたことから、対象に問題があるとして、推奨の強さが下がったのです」(原さん)
アロマターゼ阻害薬の単剤投与はどうなのだろうか。
「CDK4/6阻害薬とアロマターゼ阻害薬の併用療法の有効性を調べるために行われた臨床試験(詳しくは後述)で、対照群となったのがアロマターゼ阻害薬単剤投与でした。その試験において、併用療法はアロマターゼ阻害薬単剤投与を上回る有効性を示しました。つまり、アロマターゼ阻害薬単剤投与は有効性では劣る治療法となります。副作用が軽い、薬剤費が安いといったメリットはありますが、臨床試験で劣った治療法が、優越性を示した治療法と同じ強さで推奨されるのは理屈に合わないということで、推奨の強さが1つ下がりました」(原さん)
併用療法の有効性を示した臨床試験
CDK4/6阻害薬とアロマターゼ阻害薬の併用療法の有効性を示したランダム化比較試験としては、「PALOMA2試験」と「MONARCH3試験」が代表的なものだ。
PALOMA2試験の対象となったのは、HR陽性HER2陰性で、閉経後の手術不能または再発乳がん患者さん666人。〝全身抗がん療法歴がない〟という条件がついた。この人たちを、「CDK4/6阻害薬(パルボシクリブ)+アロマターゼ阻害薬(レトロゾール)群」と「プラセボ+アロマターゼ阻害薬(レトロゾール)群」に、2:1でランダムに分け、比較試験が行われた。
その結果、無増悪生存期間(PFS)中央値は、「CDK4/6阻害薬+アロマターゼ阻害薬群」が24.8カ月、「アロマターゼ阻害薬群」が14.5カ月で、10.3カ月の差がついた(図1)。
MONARCH3試験の対象となったのは、HR陽性HER2陰性で、閉経後の手術不能または閉経後再発乳がんの患者さん493人。〝ホルモン療法歴がない〟という条件がついた。この人たちを、「CDK4/6阻害薬(アベマシクリブ)+アロマターゼ阻害薬(アナストロゾールorレトロゾール群)と「プラセボ+アロマターゼ阻害薬(アナストロゾールorレトロゾール)群」に、2:1でランダムに分け、比較試験が行われた。
その結果、PFS中央値は、「CDK4/6阻害薬+アロマターゼ阻害薬群」が28.18カ月、「アロマターゼ阻害薬群」が14.76カ月で、13.4カ月の差がついた(図2)。
これらのランダム化比較試験の結果から、HR陽性HER2陰性の閉経後転移・再発乳がんの1次治療では、CDK4/6阻害薬とアロマターゼ阻害薬の併用療法が強く推奨されることになったわけだ。
「1次治療でアロマターゼ阻害薬を単独で使った場合、増悪までの期間は平均して1年ちょっとです。それが、CDK4/6阻害薬を併用すると、約2年に延びます。2年というのは中央値ですから、もっと長期間、増悪せずに治療している人もいます。経口薬なので、通院や投薬の負担も軽くてすみます。副作用もマネジメントできるようになってきているので、患者さんは長期間安定して治療を続けられるようになっています」(原さん)
同じカテゴリーの最新記事
- ホルモン療法中は骨折リスクに注意! アロマターゼ阻害薬服用時の骨粗鬆症治療
- がん治療中も後も、骨の健康が長生きの秘訣 ホルモン療法に合併する骨粗鬆症を軽視しない!
- 新薬続出で選択肢が広がった去勢抵抗性前立腺がん(CRPC) 「どの薬をどのタイミングで使うか」が見えてきた!
- ホルモン陽性・HER2陰性進行再発乳がんに新薬が今年中に承認予定!
- センチネルリンパ節転移陽性乳がんへの新しい治療対応
- 新薬登場でここまで変わった! 去勢抵抗性前立腺がん薬物療法の治療戦略
- ホルモン療法の副作用対策 抗がん薬とは異なる副作用が発現
- 去勢抵抗性前立腺がんの治療選択 個別化・適正化で患者の利益が求められる
- 総合的な対応が必要に HR陽性、HER2陰性・進行再発乳がん