淀川キリスト教病院 「エエ死に方」は、残される者に力を与えてくれる
日本で2番目にできたホスピス
ホスピス病棟を開設したのが1984年。
以来早い時期から在宅ホスピスにも取り組んできた。
現在、熱心ないくつかの診療所と連携しているが、さらに広範囲なネットワークづくりを模索している。
物やお金ではない何かを見いだす
「幼いころから死が怖かったんです」
淀川キリスト教病院ホスピス長の池永昌之さんは、こう打ち明けてくれた。
死に恐怖感を抱いたことのない人はいないはずだが、ホスピス医自身がこう吐露するのもめずらしい。でも、自分の弱さをさらけ出せる人だからこそ、患者さんも本心を打ち明けやすいのだ。
ホスピス病棟の一角にある「チャペル」で話をうかがったからだろうか。色鮮やかなステンドグラスを背に、ゆっくり言葉を選びながら話す池永さんは、宗教家の雰囲気すら漂っている。
「死はいまでも怖いです。でも患者さんから学んだのは、大事なのはお金や仕事ではなく、家族であったり、友人であったりということです」
13年間のホスピス医経験で、いまはこう思っているという。
「つくり出すことにだけ価値観をおいていると、それができなくなり、人にお世話してもらわないと生きていけなくなったら立ち直れません。 お世話をしてもらえる人に対し、物やお金ではない何かをお返しできる。そういう世界がもてれば、意味のあることだと思うんです」
人生を変えた1冊の本
池永さんの人生を変えた1冊の本がある。大学入試を控えた青年期に読んだ、淀川キリスト教病院、通称「淀キリ」の初代ホスピス医・柏木哲夫さんの『生と死を支える』(朝日新聞社刊)だ。この出会いが、ホスピス医を目指すきっかけとなった。
「そのころ、命は救うもので、亡くなる方のお世話や、支えることに重きをおくことは非常にめずらしかったんです。そういう仕事もあるのかと驚くと同時に関心ももちました」
大学の医学部を選び、自然とホスピスの世界へ。その間も、いろんな小説や哲学書を読んだが、答えは出ない。最後の命の灯火を燃やす方々の心の声を、まず自分自身が聞いてみたかった。
「どんな人でも最後は亡くなります。そのとき本当に恐怖なく最後の瞬間まで過ごせるのかということに関心があり、まず知りたいと思ったんです」
答えは、出たのだろうか。
「実際に直面してみないとどうなるかはわかりません。ただ、自分だったらこんなふうだったらいいなというか、『エエ死に方しはったな』と感じることはあります。標準語でいう良い、悪いではなく、大阪弁の『エエ死に方』です。病気になったこともマイナスばかりじゃなくてプラスのもん、たとえば家族といい時間が過ごせたとか、なかなか話せなかったことが話せたとか。病気になったことも、なんらかの意味があったんだと思えるようになったら、それは『エエ死に方』になるのかなと今は思っています」
ホスピス病棟を利用しやすい体制づくり
「淀キリ」は、新大阪駅から歩いて約15分。最寄りの阪急淡路駅からだと、徒歩7分あまりのところにある。本院と分院合わせて607床のベッドがある。
本館の7階にあるホスピス病棟は、聖隷三方原病院(浜松市)につづいて1984年に開設。日本で2番目にできたホスピスとして有名だ。しかし、近年では、
「ホスピスって1、2カ月待ちなんですよね」
と、あきらめ顔の患者さんも多いと池永さんはいう。
「実際に1カ月以上かかるところも多いようですが、うちは初診外来から入院まで1週間から2週間。いまの問題は、『ホスピスに入りたいとご本人が望まれ、容態も緊急性を要する人が入れない』ことです。全国の緩和ケア病棟の平均在院日数は40日ぐらいですが、うちは平均19日。長期入院の良し悪しは別にして、必要な人がすぐに入れるようにしなければなりません」
入院期間の長短については、医療者によって見解が異なる。あまりに短いと患者さんや家族と関係性が築きづらく、スタッフがバーンアウト(燃え尽き)してしまうことを懸念する声もある。しかし、現実問題として、認可を受けた緩和ケア病棟175施設で本当に困った患者さんが利用できるようにするには、緊急避難のバックアップ(後方支援)にしていくしかないだろう。
「緩和ケア病棟を増やすという議論より、使い方を考える時代になったと思います」
と、池永さんも言う。
いま緩和ケア病棟は入院期間にかかわらず、病院側へは一律3780点(3万7800円)の診療報酬が支払われる。落ち着いた病状の人を長くみるほうが病院側にとってメリットが大きいわけだ。
「短期間にしっかり疼痛緩和をし、家に帰れる人には帰ってもらう。何かあった時にはすぐ入院してもらえるような体制を整えていかなければなりません」
広範囲な連携を目指す
在宅患者さんを支えるため、「淀キリ」では早くから在宅ホスピスにも取り組んできた。
「末期がんの患者さんを家でみてくれる診療所は、10年くらい前はほとんどありませんでした。だから我々がある程度は往診をしながら、家での最期を望まれる方へのサポートを毎年20人くらいしてきたんです」
ただ、施設ホスピスのドクターが往診するのは、物理的に限界がある。ベッド数は21床に対し、4人の専任ドクターがいる手厚い態勢をとっているが、1週間平均30名の「ホスピス外来」の患者さんで手がまわらないのが実情だ。
それを補うために必要不可欠なのが、開業医との連携だ。「淀キリ」では、在宅ホスピスに熱心ないくつかの診療所と連携しているが、より広範囲なネットワークをつくろうと模索中だ。
「まずは緩和ケアをやっている者同士が施設を超えた形で、顔がわかる環境をつくることからスタートしようと今年の11月に大阪府で会合を予定しています。緩和ケアチームをもつ拠点病院と緩和ケア病棟、そして在宅ホスピスに関心をもっておられる診療所のドクターが集まり、ネットワークを築いていこうというものです」
最近では、在宅ホスピスに関心を持ち積極的に取り組もうとする診療所も増えてきたが、
「どのドクターがどの程度の緩和ケアの知識や技術をお持ちなのか、正直わからない部分が大きい。患者さんに自信をもって紹介していけるようなシステムをつくっていきたいと思っています」