さくらいクリニック ふわっとフィットした距離感での在宅ケアが人気の秘密
在宅では、スタッフや設備の充実した施設ホスピスほど手厚いケアは望めない。
しかし、それに優るケアがあれば我が家ほど居心地のいいところはない。
兵庫県尼崎市で開業している桜井隆さんは、「ふわっとフィットした距離感でのケア」をモットーに診療をしており、そこが患者サイドに受けている。
8割以上が病院死の異常な日本の中でがんばり抜く
以前、ある施設ホスピスに取材に行ったとき、看護師長にこう非難されたことがある。
「マスコミの人って、どうしてきれいごとばっかり書くんですか。緩和ケア病棟も理想的な看取りばかりじゃないのに……」
今回の取材でも、「さくらいクリニック」院長の桜井隆さんから、同じような意味合いで最初にこうクギを刺された。
「ぼくら家庭医の看取りは、日常の医療のなかのひとつ。在宅ホスピスと呼ばれるようなものに特殊化しないでほしいんです。それに患者さんが『死にたくない』と叫ぶのがいけないことなんでしょうか。ぼくは、のたうちまわったって、叫んだっていいと思う。命が軋むのは当たり前なんじゃないですか」
ふわっとフィットした距離感でのケア
ストレートな物言いだが、同院のホームページ上にある『家庭医のひとりごと』の文章に目指す医療がしるされている。
〈在宅ケアのお手伝いをさせていただく我々サービス提供サイドもあまり突っ込みすぎたり、ぴったり張り付いたりせず、ほどよく、適当、ええ加減にお手伝いさせていただく。家族と患者さんとの距離感にふわっとフィットした距離感でのケア。時にはもう少しやってくれたらいいのにね、などと家族に感じさせてしまう、そのぐらいの適当、いや“てきとう”な距離感で寄り添うのがいいのかもしれません〉
在宅では、スタッフや設備の充実した施設ホスピスほど手厚いケアは望めない。でも、家族や友の支えと、「ふわっとフィットした距離感でのケア」があれば、我が家ほど居心地がいいところはないはずだ。
桜井さんの患者との「距離感」をほめるのが長浜赤十字病院の医師、三澤美和さん。三澤さんは、在宅医療を学ぶために「さくらいクリニック」で1週間の研修をうけた。
「桜井先生は患者さんとの距離感が絶妙なんです。丁寧すぎる言葉も使わないので、たぶん患者さんは近所のおっちゃんに会うような軽い気持ちで診察を受けられるんじゃないでしょうか」
将来、家庭医になるのが夢という三澤さんにとって、毎日が「こんな感じ、こんな感じ」と感じる連続だったという。
「病院って患者さんが元気に退院されるとそれで縁が切れてしまいがちですが、家庭医は違います。診療のこと以外で、赤ちゃんが生まれたとか、子供が小学生になったとか、そういうのを聞けるのがすっごく楽しかった」
在宅医に必要な医療技術を学んだだけでなく、患者との接し方も学んだ。
「桜井先生は往診に行った帰りに患者さんと握手をするんです。患者さんは、そのときに一番いい笑顔をされる。私もこんな医者になれたらなって思いました」
桜井さんによると、患者さんの手の握り方で自分のその日の対応がわかるのだという。しっかり握ってくれれば「オッケー」で、ないがしろに手を出したら「バツ」。ある時期は握手をしないといけないと力んでいたが、「いまは自然にできてるのがいいのかもしれません」。開業前に12年間勤務した大学病院のときと在宅とでは、感謝のされ方が異なるという。
「病気を治してあげられない場合でも、夜中に呼ばれて駆けつけるだけで感謝されるんです。徹夜で手術したってあんなに感謝されないんじゃないですか。ほんとうに不思議に思うくらいなんです」
嘘をつかずに患者と向き合う
桜井さんが「さくらいクリニック」を兵庫県尼崎市に開業したのは平成4年。その2年後には「医療記録の開示をすすめる医師の会」を仲間の医師らと立ち上げ、医療者サイドからカルテの開示を訴えてきた。
「おかげで、いろいろ反発も受けましたね」
患者に対しても、まっすぐにぶつかっていく。在宅で桜井さんの往診をうけている尼崎市在住のSさん(61)も、そこを気に入っている。
「桜井先生のいいところは、はっきり言い切るとこだよね。患者はやっぱり頼もしく感じる。同じくらいの効き目の薬が2種類あったら、不安げに言われるより、こっちを選べば大丈夫と言われたほうがいいでしょう」
Sさんは平成12年に大腸がんの手術を行った。しかし、2年後に再発し、大腸をすべて摘出。平成16年には腹膜に転移し、抗がん剤治療などを行ったが、2006年の10月に退院を迫られた。
「退院の日もね、掃除に入る人がね、まだいるのって感じで見るんですよ」
自宅マンションは「さくらいクリニック」の近くだが、エレベーターが無いなどの問題もあって、いまは少し離れた息子さんのバリアフリーのマンションで同居している。