主な改訂ポイントを押さえておこう! 「乳癌診療ガイドライン」4年ぶりの改訂
乳がん診療の羅針盤とも言える『乳癌診療ガイドライン』の2022年版が、6月30日に刊行された。2018年版が出てから、ほぼ4年ぶりの改訂版である。「治療編」と「疫学・診断編」に分かれており、どちらについても詳細な改訂が行われたという。
ここでは「治療編」の主な改訂ポイントについて、福島県立医科大学医学部主任教授で、診療ガイドライン委員長を務めた佐治重衡(さじ しげひら)さんに解説していただいた。
わかりやすいガイドラインを目指した
『乳癌診療ガイドライン』は2004年に初版が刊行されて以来、改訂を重ねてきた。最近では、2015年版、2018年版が出て、4年ぶりに2022年版が出たことになるのだが、2015年版と2018年版の間で、ガイドラインの作り方が大きく変わったという。世界的なガイドライン作成の標準化という流れがあり、それに合わせる必要があったからだ。
具体的に言うと、2018年版からは「Minds(Medical Information Distribution Service)診療ガイドライン作成マニュアル」に準拠したガイドライン作りが行われてきた。
2015年版までは、大規模ランダム化比較試験や、複数試験によるメタアナリシス(複数の研究データを統合し統計的方法を用いて解析すること)研究がある場合、エビデンスレベルの高いデータがあるということで、その治療は「強く推奨する」とされてきた。その効果を得るために生じる毒性の増加や、その効果に臨床的な意味があるのかといった問題については、十分に検証されていなかったわけだ。
これに対し、2018年版からは益と害の双方に配慮し、そのバランスを考慮して推奨の強さを決定するようになっている。
「2018年版のときは、形式変更の対応に追われたため、読みやすさやわかりやすさにまで気を配れませんでした。2022年版を作るにあたり、2018年版について日本乳癌学会の会員アンケートを行ったのですが、その回答も参考にして、より読みやすく、使いやすいガイドラインにするため、独自の工夫を行ってきました」(佐治さん)
2018年版に対するアンケートでは、「前後の治療の流れがわかりにくい」という意見が多かった。そこで2022年版では、冒頭の「総説」の中に各ステージの「治療の流れ」を図解することにし、それがガイドラインのどことつながっているのかがわかるようにした。
「それぞれの記載も、情報だけをキツキツに詰め込むのではなく、読みやすいように書かれています。そうした配慮をしたせいで、2018年版より200頁も増えてしまいました」(佐治さん)
「治療編」だけで500頁近い厚さになっているが、それはわかりやすく記載したためでもあるのだ。
薬物療法の主な改訂ポイント
BQ2(バックグラウンド クエスチョン)「タモキシフェンは子宮内膜癌(子宮体癌)発症のリスクを増加させるか?」
ステートメント「タモキシフェン内服により、主に閉経後において子宮内膜癌(子宮体癌)の発症リスクが増加するが、死亡リスクの有意な増加は認めない。不正性器出血などの症状がある場合は、婦人科での精査が勧められる」
ホルモン受容体陽性乳がんの術後内分泌療法では、タモキシフェン(商品名ノルバデックス/タスオミンなど)が有用であることははっきりしている。
「この内容の主な記載は、2018年版では『疫学・診断編』に入っていたのですが、2022年版では『治療編』に入ることになりました。術後補助療法という治療の過程で起こりうることなので、治療編の目につきやすいところに移動させたということです」(佐治さん)
CQ2(クリニカルクエスチョン)「閉経前ホルモン受容体陽性乳癌に対する術後内分泌療法として何が推奨されるか?」
推奨「●再発リスクが低い場合、タモキシフェン単剤の投与を強く推奨する。●LH-RHアゴニストとタモキシフェンの併用を強く推奨する。●*LH-RHアゴニストと*アロマターゼ阻害薬の併用を強く推奨する」
2018年版では、LH-RHアゴニストとタモキシフェンの併用も、LH-RHアゴニストとアロマターゼ阻害薬の併用も、共に「弱く推奨」だったが、今回は「強く推奨」になった。
「閉経前の患者さんに対するLH-RHアゴニストとアロマターゼ阻害薬の併用は、実際の医療現場では広く行われていますが、添付文書上は保険適用外となっています。しかし、これに関しては複数の臨床試験で有用性が確認されているので、きちんと使えるようにすべきというメッセージを込めて、強く推奨することにしました」(佐治さん)
このガイドラインでは、保険承認が取れているかどうかは、推奨決定の判断に影響させない方針で、患者さんにとって有益か有害かによって推奨を決定している。
*LH-RHアゴニスト:ゴセレリン(商品名ゾラデックス)リュープロレリン(同リュープリン)
*アロマターゼ阻害薬:アナストロゾール(商品名アリミデックス)レトロゾール(同フェマーラ)エキセメスタン(同アロマシン)など
CQ5「ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌に対する術後療法として、内分泌療法に*S-1を併用することは勧められるか?」
推奨「再発リスクが高い場合、内分泌療法にS-1を1年間併用することを強く推奨する」
CQ6「ホルモン受容体陽性HER2陰性乳癌に対する術後療法として、内分泌療法に*アベマシクリブを併用することは勧められるか?」
推奨「再発リスクが高い場合、内分泌療法にアベマシクリブを2年間併用することを強く推奨する」
アベマシクリブは、CDK4およびCDK6を阻害することでがん細胞の増殖を抑える分子標的薬。一方のS-1は古くから使われている抗がん薬である。ただ、S-1は添付文書上では、乳がんの術後治療への使用は保険適用外となっている。
「2つの異なる薬剤が、術後療法として内分泌療法に併用することが推奨されることになったわけです。薬の登場してきた時代は異なりますが、この術後治療の臨床試験結果はほぼ同時期に出てきたものです。S-1の術後治療への使用は、現時点では保険適用外ですが、これは近いうちに適応拡大となると考えられています。CQ5とCQ6の対象者は重なる部分があり、その人たちにとっては、どちらを選択するのかという問題が生まれてきます。残念ながら、その使い分けについてまでは記載されていません」(佐治さん)
*S-1(商品名TS-1)
*アベマシクリブ(同ベージニオ)
CQ10「術前化学療法で病理的完全奏効(pCR)が得られなかったHER2陰性早期乳癌に対する術後化学療法として、*カペシタビンは勧められるか?」
推奨「カペシタビン6~8サイクルの投与を強く推奨する」
2018年版ではFQ(フューチャークエスチョン)に入っていた内容を、2022年版ではCQとして扱うことになった。
「この治療は日本では保険適用外ですが、世界的には標準治療になっています。術前治療後non-pCR症例への追加補助療法は重要な治療戦略になっており、独立したCQとして入れることになったということです」(佐治さん)
*カペシタビン(商品名ゼローダ)
CQ16「周術期トリプルネガティブ乳癌に対して、免疫チェックポイント阻害薬は勧められるか?」
推奨「*ペムブロリズマブ(抗PD-1抗体)の投与を弱く推奨する」
免疫チェックポイント阻害薬は、従来から転移・再発乳がんには推奨されていたが、周術期の治療でも新しく加わることになった。免疫関連有害事象と治療効果のバランスも考慮され、弱く推奨となったようだ。
「周術期での使用は、現時点では保険適用外ですが、遠くない将来に承認されるのではないかと考えられています」(佐治さん)
*ペムブロリズマブ(商品名キイトルーダ)
CQ18「閉経前ホルモン受容体陽性HER2陰性転移・再発乳癌に対する一次内分泌療法として、何が推奨されるか?」
推奨「●卵巣機能抑制を行い、*CKD4/6阻害薬と*非ステロイド性アロマターゼ阻害薬の併用療法を行うことを推奨する。●卵巣機能抑制を行い、内分泌療法(単独)を行うことを弱く推奨する。➀卵巣機能抑制とタモキシフェンの併用療法を行うことを弱く推奨する。➁卵巣機能抑制と非ステロイド性アロマターゼ阻害薬の併用療法を行うことを弱く推奨する」
卵巣機能抑制とは、LH-RHアゴニストによる治療などを指す。それに加えてCKD4/6阻害薬と非ステロイド性アロマターゼ阻害薬を併用する治療は、推奨決定会議で、「強く推奨する」が53%、「弱く推奨する」が47%で、決定基準である合意率70%にどちらも達しなかったという。
「閉経前の患者さんの進行・再発乳がんの内分泌療法は、直接的なエビデンスが少ないので、エビデンスベースだけで書こうとすると、難しくなってしまいます。しかし、患者さんはいるわけですから、何かを提案していかなければ使えないガイドラインになってしまいます。そこで、エビデンスが完全でないなりに、ある程度の選択肢を示すことにしました。2018年版に比べると、より具体的になっています」(佐治さん)
*CKD4/6阻害薬:パルボシクリブ(商品名イブランス)アベマシクリブ(同ベージニオ)
*非ステロイド性アロマターゼ阻害薬:アナストロゾール、レトロゾール
CQ31「転移・再発乳癌に対してPD-1/PD-L1阻害薬は勧められるか?」
推奨「●PD-L1陽性のトリプルネガティブ乳癌に対して、*アルブミン懸濁型パクリタキセルに*アテゾリズマブを併用することを強く推奨する。●PD-L1陽性のトリプルネガティブ乳癌に対して、化学療法(アルブミン懸濁型パクリタキセル、*パクリタキセル、カルボプラチン+*ゲムシタビン)にペムブロリズマブを併用することを強く推奨する」
2018年版ではFQとして入っていた内容だが、2022年版ではCQとして入ることになった。PD-L1陽性のトリプルネガティブ乳がんに対して、適応となっているアテゾリズマブとペムブロリズマブの併用療法が推奨されている。
*アルブミン懸濁型パクリタキセル(商品名アブラギサン)
*アテゾリズマブ(商品名テセントリク)
*パクリタキセル(商品名タキソール)
*ゲムシタビン(商品名ジェムザール)
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