自分の免疫細胞も活用してがんを攻撃 PRIME CAR-T細胞療法は固形がんに効く!
玉田耕治さん
新しい治療法として注目される「CAR-T細胞療法」は、血液がんには効果的ですが、固形がんに対してはいまだ十分な治療効果が得られていません。日本で新たに開発されたPRIME CAR-T細胞は、固形がんにも効くことが動物実験で証明され、現在、臨床試験が進行中です。
「PRIME CAR-T細胞療法」とはどのような治療法で、なぜ固形がんに有効なのでしょうか。PRIME CAR-T細胞を開発した山口大学大学院教授の玉田耕治さんに解説してもらいました。
血液がんには有効なCAR-T細胞療法
新しく登場した「PRIME CAR-T細胞療法」を紹介する前に、血液がんの治療で実績をあげている「CAR-T細胞療法」について、まず簡単に説明しておくことにしましょう。
CAR-T細胞とは、遺伝子導入技術を用いて作られた細胞で、がん細胞を見つけ出し、強力に攻撃する能力をもっています。患者さんの血液から免疫細胞の一種であるT細胞を採取し、これにがん細胞の標的分子を見つけ出す働きをするCAR(キメラ抗原受容体)を組み込んで、CAR-T細胞を作ります。この細胞を体外で培養してから患者さんに投与するのです。体内に入ったCAR-T細胞は、標的分子をもつがん細胞を見つけ出して攻撃を始めます。
CAR-T細胞療法は血液がんに対する有効性と安全性が証明され、アメリカでは2017年に、日本では2019年にキムリア(一般名チサゲンレクルユーセル)が薬事承認されました。この治療の対象となるのは、白血病(B細胞性急性リンパ芽球性白血病)や悪性リンパ腫(びまん性大細胞型B細胞リンパ腫)などの血液がんです。その後、次々と新薬が承認されています。
山口大学大学院医学系研究科教授の玉田耕治さんは、CAR-T細胞療法について、次のように述べています。
「CAR-T細胞療法は、非常に強力な治療法です。血液がんに対しては、従来の治療で効果がない患者さんでも、7割くらいの人で、少なくとも一時的にはがんが消えるほどの効果が現れます。ところが、固形がんに対しては効果が乏しいことが知られていました。がん全体に占める血液がんの割合は10%未満で、90%以上は固形がんです。そこで、固形がんに対して、どうしたらCAR-T細胞療法が効果を発揮できるのか、研究することにしました」(図1)
こうして固形がんに効くCAR-T細胞療法の研究が、10年ほど前に始まったのです。
免疫を活性化させるPRIME CAR-T細胞
固形がんに効くCAR-T細胞を作るためには、血液がんに効くCAR-T細胞療法が、「なぜ固形がんには効かないのか」という問題を究明する必要がありました。考えられる理由は2つありました。
「血液がんは血液の中にがん細胞が存在するので、CAR-T細胞を点滴で投与すると、CAR-T細胞がすぐにがん細胞にたどり着けます。ところが、固形がんのがん細胞は血液中に存在するわけではないので、がん細胞のかたまりの中にCAR-T細胞が入っていく必要があります。どうしたらそれを実現できるかを考える必要がありました」(玉田さん)
もう1つの理由は、固形がんの「不均一性」の問題でした。
「血液がんの場合、たとえばB細胞系の白血病であれば、そのほとんどがCD19という標的分子をもっています。だからこそ、CD19を標的とするCAR-T細胞がよく効くのです。ところが固形がんでは、そのような共通する目印はなく、多様な目印をもつがん細胞が集まって腫瘍を形成しています。これを腫瘍の不均一性といいますが、これもCAR-T細胞が固形がんに効きにくい重要な原因となっていました」(玉田さん)
こうした課題を解決するために考えたのが、CAR-T細胞の標的となる目印を出していないがん細胞に対しては、患者さんの体に備わった免疫細胞を活性化させて攻撃するという方法でした。CAR-T細胞の標的となるがん細胞はCAR-T細胞が攻撃し、標的を出していないがん細胞は、もともと体に備わっている免疫細胞をがんのあるところに集めて攻撃させるのです。
「CAR-T細胞が武器として働いてがん細胞を殺すだけでは不十分なので、体の免疫を活性化させて腫瘍の中に浸潤させるような、免疫細胞のデリバリーシステムを従来のCAR-T細胞に組み込むことにしたのです」(玉田さん)
こうして誕生したのがPRIME CAR-T細胞でした。PRIMEはProliferation₋inducing and migration-enhancingの頭文字から取ったものです。免疫システムを活性化させて増殖を誘導し、がん局所へ免疫細胞を送り込む能力を高めたことを意味しています(図2)。
2つの物質を作る遺伝子を組み込んだ
従来のCAR-T細胞にはなく、PRIME CAR-T細胞が持っているのは、IL-7(インターロイキン-7)というサイトカインと、CCL19というケモカインを産生する能力です。PRIME CAR-T細胞には、この2つの物質を産生するのに必要な遺伝子が組み込まれています。
「IL-7とCCL19を産生できるようにしたのには理由があります。人間の体の中には、リンパ節や脾臓のように免疫細胞が集まっている臓器があります。こうした臓器にはT細胞が集まって増殖しているところがあり、T細胞領域と呼ばれています。そこにT細胞が集まるのには、IL-7とCCL19が重要な役割をしていて、この2つの因子がないと、T細胞領域が形成されないことがわかっていました。そこで、CAR-T細胞がIL-7とCCL19を作れるようにすれば、がんのかたまりの中にT細胞領域を作れるのでは、と考えたのです」(玉田さん)
CAR-T細胞が標的をもつがん細胞を探し出して攻撃するだけでなく、患者さんの体が持つ免疫を活性化させ、がんのある部位にT細胞などの免疫細胞が集まるようにしようという戦略です。
「CARに、IL-7とCCL19を作る遺伝子を導入しました。CAR-T細胞を作製するときには、必ず遺伝子導入を行うので、そのときに一緒に行えば、それほど大変なことではありません」(玉田さん)
このようなCAR-T細胞を作って、それが本当に固形がんに効くかどうかを調べるため、まず動物実験が行われました。
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