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HER2発現の少ないHER2-low乳がんにも使用可能に 高い効果で注目のエンハーツ

監修●向井博文 国立がん研究センター東病院乳腺・腫瘍内科医長
取材・文●半沢裕子
発行:2023年6月
更新:2023年6月

  

「エンハーツが今まで適応にならなかった45~55%のHER2-low患者さんに使用が可能になったことは大きい」と語る向井さん

抗体薬物複合体という新しいタイプの薬剤エンハーツは、2020年3月、HER2陽性の転移・再発乳がんに対する3次治療薬として承認されました。そして、2022年11月には2次治療で、さらに今年3月には、従来のHER2陽性のみならず、HER2の発現が少ない(HER2-low)乳がんに対しても、2次治療で使うことができるようになりました。

国立がん研究センター東病院乳腺・腫瘍内科医長の向井博文さんに、今回のHER2-lowへの適応拡大について伺いました。

エンハーツはどんな薬ですか?

エンハーツ(一般名トラスツズマブ デルクステカン:T-DXd)は、ADC(Antibody Drug Conjugate:抗体薬物複合体)と称される抗体と薬物を結合させた薬剤で、がん細胞に発現しているHER2タンパクに選択的に結合する抗HER2抗体のハーセプチン(一般名トラスツズマブ)を介してデルクステカンという細胞障害性薬物を直接がん細胞に運びます。

これまでの抗がん薬は投与しても、実際にがん細胞に届くのは1,000分の1、1万分の1と言われています。非常に効率が悪く、正常細胞にもダメージを与えるため副作用が出ますが、以前はそれしか方法がありませんでした。

「がん細胞だけに効率的に薬を届ける」は、まさに世界共通の夢でした。そこで、がん細胞に選択的に結合する抗体を利用して、薬物をがん細胞に運ぶADCの開発が世界中で行われるようになりました。

ADCは3つのパーツからできています。1つはがん細胞に結合する抗体、もう1つはがん細胞を攻撃する薬物(ペイロード)、そして、この2つをつなぐリンカーです。技術的に最もむずかしいのがリンカーで、がん細胞に届く前に薬物がリンカーから切れてしまうと、副作用が強く出てしまいます。その一方で、がん細胞に届いたら、薬物は速やかにリンカーから切れて、がん細胞内に入ってもらわなければなりません。ADCがこれまでうまくいかなかったのはこの技術が非常に難しいためで、米国食品医薬品局(FDA)に承認されたADCは現在10ほどありますが、開発に着手したのはその10倍以上あると思います。

エンハーツはそうしたADCの中で、最も成功している日本発の薬剤です。今まで報告されている乳がんの臨床試験のデータで非常に優秀な結果が出ています。

同じADCのカドサイラと効果が違うのはなぜですか?

カドサイラ(一般名トラスツズマブ エムタンシン:TDM-1)は、乳がんではエンハーツに先行して保険適用されたADCです。2013年に「既治療のHER2陽性転移性乳がん」を対象に米国、ついで欧州で承認されました。日本でも再発後の2次治療薬として2014年4月に販売が開始され、2020年8月に早期乳がんに対する術後薬物療法での適応追加になっています(図1)。

これに対し、エンハーツは2020年3月に「化学療法歴のあるHER2陽性の手術不能または再発乳がん(標準的な治療が困難な場合に限る)」を対象に3次治療薬として、2022年11月には2次治療薬として承認されましたが、どちらも背景になった臨床試験はカドサイラとの比較によるものでした。

とくに2次治療薬として承認された際に背景となった国際共同第Ⅲ相試験「DESTINY-Breast 03試験」において、非常に大きな差が出ています。ハーセプチンおよびタキサン系抗がん薬による治療歴のあるHER2陽性の患者さんに対し、カドサイラまたはエンハーツが投与されましたが、50%の人が再発するまでの期間(PFS中央値)がカドサイラは6.8カ月だったのに対し、エンハーツは18.5カ月を経てまだ50%に到達していませんでした。

この臨床試験のアップデータ解析は2022年12月、英国LANCET誌に掲載されましたが、エンハーツのPFS中央値は28.8カ月に到達していました。

では、同じADCなのになぜそんなに違うのでしょうか。まず、カドサイラの場合、1つの抗体につなげられる薬物は平均3、4個に対し、エンハーツは平均7~8個です。つまり1つの抗体にたくさんの薬物がつなげられれば、より効率よくがん細胞に薬物を送り込むことができるからです。

リンカーにも差があります。カドサイラのリンカーは時間が経つと薬物がポロポロと外れてしまいます。がん細胞に到達する前に外れると、副作用が多く出てしまいます。

一方、エンハーツのリンカーは安定していて、薬物が途中で外れないため確実にがん細胞に送り込めます。

しかし、一番大きな違いは、カドサイラはHER2が陽性でなければ効きませんが、エンハーツはHER2の発現が少ないHER2-lowの患者さんにも効く、ということが非常に大きな違いです。これがまさに、エンハーツがHER2-low乳がんに対して適応拡大された理由です。

エンハーツはHER2の発現が少ない乳がんにもなぜ効くのですか?

それは、リンカーの切れる部分がカドサイラと違うからです。カドサイラのリンカーは抗体側で切れるので、カドサイラの薬物にはリンカーがくっついたままになります(図1参照)。リンカーは分子量が大きいため、リンカーがついたままでは薬物が細胞膜を貫通することができないのです。

一方、エンハーツのリンカーは抗体側と薬物側の両方で切れるので、分子量の小さい薬物は細胞膜を貫通することができます。これにより、エンハーツがくっついたがん細胞だけでなく、まわりのがん細胞にも薬物が沁み出し、がん細胞により大きなダメージを与えることができるのです。この効果を「バイスタンダー効果」と呼びます。これはカドサイラにはないエンハーツだけの効果です。ですから、HER2-lowであっても効果が期待できるのです。

この適応拡大が承認されたのは、国際共同無作為化第Ⅲ相試験「DESTINY-Breast04試験」によるものでした。化学療法による前治療を受けたHER2陽性患者さんに対して、エンハーツを投与した群と、医師が選択した化学療法を行った群で有効性と安全性を比較しました。その結果、エンハーツ群の無増悪生存期間中央値(PFS)は10.1カ月、医師選択化学療法群は5.4カ月、全生存期間(OS)も23.9カ月と17.5カ月と有意差が認められました(表2)。

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