化学・重粒子線治療でコンバージョン手術の可能性高まる 大きく変わった膵がん治療
難治がんで知られる膵がん。今注目されているのが、切除不能局所進行膵がんでも化学療法+放射線治療が奏功すれば手術を行なう治療法です。このような手術をコンバージョン手術と呼んでいます。
国内7番目の重粒子線治療施設を持つ山形大学医学部附属病院では、2022年4月、切除不能膵がんに対する重粒子線治療の保険適用に伴い、重粒子線で治療を開始。山形大学医学部附属病院第一外科診療科長/教授の元井冬彦さんに同病院で行われている膵がんのコンバージョン手術について伺いました。
膵がんのコンバージョン手術とは、どのようなものですか?
膵がんは早期発見がむずかしく、診断がついた時点で手術ができる患者さんはわずか20%。5年相対生存率は8.1~8.9%(2009~2011年国立がん情報サービス)と他のがんに比べて大幅に低い状況が続いています。
膵がんのこれまでの標準治療は、切除可能と診断されればすぐ手術を行います。その手術方法は、開腹手術がメインです。
「肝胆膵外科の領域でも、ダ・ヴィンチなどのロボット支援手術がようやく導入されてきてはいますが、全国的にはまだまだです。膵がんではがんが血管に絡みついていることも多く、とくにコンバージョン手術は、まだダ・ヴィンチ搭載の機能だけでは道具の安全性が十分に担保されていないため、当院では基本的には開腹で行なっています」と山形大学医学部附属病院第一外科診療科長/教授で東日本重粒子線副センター長の元井冬彦さん。
そして、切除不能と診断されたら、一刻も早く化学療法を行うのが基本でした。
「しかし、手術ができない状況になれは、使える薬剤も少なく、化学療法もいずれ効果がなくなってくるため、ある程度の延命しかできませんでした。そんな中、コンバージョン手術はわずかに報告される程度の件数が行われてきましたが、多数の症例で検討されたことはありませんでした」
ところが、「切除不能局所進行」と最初に診断された膵がん患者さんに化学療法や放射線療法を行って切除されたケースでは、長期生存された患者さんが多いという全国調査の結果が報告されました(肝胆膵外科学会プロジェクト研究)。このような切除を期待できる患者さんに、根治を目指して行われる手術のことを「コンバージョン手術」といいます。コンバージョンとは「変更」という意味です。
「膵がんはある程度進行すると、隠れた転移が多数ある可能性が高いのです。そこで、まず化学療法で目に見えない転移を治療し、病気を制御したうえで腫瘍を切除するというのが、コンバージョン手術の考え方です」(図1)
コンバージョン手術は、2022年版の「膵がん診療ガイドライン」ではまだ標準治療になっていません。しかし、アルゴリズムでは、ステージⅢの「切除不能・局所進行」で「化学放射線療法」または「化学療法」が選択されたのち、再評価を経て外科的治療(手術)に向かう矢印が点線で記されています。
膵がんにコンバージョン手術が行われるようになった背景は何ですか?
2019年1月米国で開催された「ASCO-GI 2019」で、「切除可能膵がんに対するゲムシタビン+S-1併用術前化学療法の第Ⅱ/Ⅲ相試験」(Prep-02試験/JSAP-05試験)の報告が行われたことでした。
Prep-02試験/JSAP-05試験とは、未治療の切除可能膵がん患者(n=364人)に、術前化学療法後に手術を行った患者と、術前化学療法なしに手術した患者を1:1に無作為に割り付けて比較したもので、主要評価項目は全生存期間(OS)でした。
結果はOSが術前化学療法群36.72カ月で、手術先行群26.65カ月に比べ有意に延長したことが確認されました。また、化学療法を先に行なってから手術したほうが生存率も高く、肝転移再発が少ないことがわかりました。この結果は、切除可能膵がんのこれまでの標準治療を大きく転換するものでした。
「膵がんに対するコンバージョン手術や術前化学療法などのエビデンスが蓄積して、我々はパラダイムシフトと呼んでいますが、膵がんの治療戦略が2019年~2020年に今までとガラッと変わったのです。それまでは、最初に手術不能と診断されると、それ以降外科が関わることはなかったのです。その流れが大きく変わり、内科医の意識も変わり『抗がん薬が効いているようなので、コンバージョン手術ができませんか』という話が内科から来るようになりました」
「最初に切除できるか、すぐ診断するのではなく、抗がん薬や放射線の反応を見て、手術の対応を決めていくというように、治療に対する考え方が変わりました」(図2)
コンバージョン手術前の化学療法はどれくらい行うのですか?
「もともと手術ができそうな方にも、2カ月間の化学療法を行っていますが、これはPrep-02/JSAP-05試験の結果に基づいています。手術がもともと難しい方は、より進行した状態ですので、化学療法を最低でも4カ月、あるいは6カ月行います。これらの化学療法は、病気が進めば進むほど隠れた転移が多くなるため、それをしっかり治療しましょうということです」
化学療法を行なってもレントゲンでは腫瘍があまり縮小しないことがしばしばあります。そのため、効いていないと不安に思う患者さんがいますが、大きさがあまり変わらないのは、病気が制御されていると考えられています。
「化学療法を行なって病状が制御されている場合、今度はコンバージョン手術を目標に考えていきます。そのコンバージョン手術を行う前段階として、放射線治療が必要になります」
膵がんで使われる抗がん薬については、どうでしょうか?
「ほかのがん種では免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬などが数多く登場していますが、これらは膵がんにはほとんど効果がないと臨床試験で示され続けてきました。そういう意味では、他のがん種より薬剤は少なく、今も細胞障害性の抗がん薬が中心です」
ただ、細胞障害性の抗がん薬でもよい組み合わせがいくつか見つかってきています。
「効果の乏しい薬剤だけで治療していた時代に比べると、切除できない膵がんに対する治療成績はかなり伸びました」
20年来使っているジェムザール(一般名ゲムシタビン)+アブラキサン(一般名ナブパクリタキセル)2剤併用治療が一番使用頻度が高く、比較的高年齢にも使いやすいそうです。
「アブラキサンは、パクリタキセルを薬剤到達性を高めたナノ粒子製剤です。パクリタキセル自体は膵がんに十分効果が出なかったのですが、薬剤到達性を高めた結果、膵がんでも効果があることがわかって使われるようになりました」
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