高濃度乳房の多い日本人女性には マンモグラフィとエコーの「公正」な乳がん検診を!
日本で2000年にマンモグラフィを導入した乳がん検診が始まってから、2024年の今年で24年目になります。しかし、欧米人女性に対して乳がん死亡率減少効果のエビデンスがあるマンモグラフィ検診の導入後も、日本では乳がんの死亡率は減少どころか増え続けています。そこで今回は、乳がん検診の第1人者の静岡県立静岡がんセンター乳腺画像診断科部長植松孝悦さんに、日本の乳がん検診の問題点、今できる最適な乳がん検診、今後の改善点などについて伺いました。
現在行われている乳がん検診の内容はどのようなものですか?
日本の乳がん検診は、1987年から市区町村において問診と視触診が開始され、2000年から50歳以上の女性に視触診とマンモグラフィ(乳房X線検査)が導入されました。その後、2004年からは40歳以上に対象を広げて2年に1度実施することになりましたが、2016年から視触診は必須でなくなりました。
「日本のいわゆる対策型(住民検診)乳がん検診は、国の推奨のもと市区町村で行われ、その推奨方法はマンモグラフィのみです。40歳代の方は内外斜位方向(MLO:胸筋に沿って斜め)と頭尾方向(CC:上下)の2方向で撮影することが、50歳以上の方はMLOでの検査が推奨されています」と、静岡県立静岡がんセンター乳腺画像診断科部長の植松孝悦さんは話します。
「欧米ではマンモグラフィ検診を受けた人と受けていない人の比較試験の結果、受けた人に『乳がん死亡率減少効果があった』という多数のエビデンス(科学的根拠)があります。このエビデンスは世界的にレベルが高く、それを根拠に日本でも2000年にマンモグラフィ検診が導入されました」
日本では2018年からMinds(マインズ)という新しい概念がガイドライン作りに導入され、それに基づいて各学会はガイドラインを作成。そして、海外のエビデンスを日本に採用する場合は、「それが日本人にも使えるかどうかを吟味して評価しなければならない」というのが、現在のEBM(根拠に基づく医療)に基づく新しいガイドライン作成方法です。
「新しいガイドラインの考え方は〝外的妥当性〟といって、欧米人女性に基づくエビデンスが別の集団、つまり日本人女性に当てはめた場合にも同じ成果を得ることが可能かどうかを専門的な知識や経験をもとに吟味しないといけないのです」
ところが、現在日本でマンモグラフィ検診を推奨する根拠としているのは、2013年に作成された古い時代遅れのガイドラインで、「欧米のマンモグラフィのランダム化比較試験データを日本人女性に外挿できるか」の妥当性の検討はされませんでした。
日本人女性に対するマンモグラフィ検診の妥当性はないのですか?
乳房は、簡単に言えば、乳腺実質と脂肪で成り立っています。乳腺実質の多いほうから「極めて高濃度乳房」「不均一高濃度乳房」「乳腺散在型乳房」「脂肪性乳房」の4つに分類され、前2つを「高濃度乳房」(dense breast:デンスブレスト)、その他を「非高濃度乳房」と呼んでいます。
「乳腺実質が多い高濃度乳房の人は、マンモグラフィで撮影すると白く映ります。乳がんも白く映るので、雪原の中の白ウサギを探すようなもので、乳がんと乳腺実質と見分けることが出来なくなるのです。それが高濃度乳房の一番の問題点です。そもそもマンモグラフィは非高濃度乳房に適した検査手段なのです」(図1・図2)
「われわれ乳房画像診断の専門家は、このような乳房構成の違いを考慮に入れ、患者さん1人ひとりに最適な画像診断法を選択して助言することができます。また、この情報は、患者さんへの説明にも役立ち、なぜ一方の乳房では腫瘍が見つかりやすいのに、もう一方では見つけにくいのかを理解してもらうためにも重要です。最終的には、この知識を活用して、より効果的なスクリーニング戦略を提案し、乳がんの早期発見と治療の成功率を向上させることが私の使命です」
欧米人女性は非高濃度乳房が圧倒的に多く、脂肪が多いためマンモグラフィを行えば乳がんは白く、脂肪は黒く映るため容易にがんが見つかります。
「ところが、日本人は高濃度乳房の方が圧倒的に多く、マンモグラフィ検診を行なってもがんが見えない確率が非常に高いのです。マンモグラフィ検診で死亡率減少効果があるというエビデンスは欧米人女性には当てはまりますが、日本人女性ではこれまで24年間行われてきたマンモグラフィ検診で死亡率減少効果は起きていません」(図3)
欧米では2000年頃から、「高濃度乳房に対してマンモグラフィは有効ではない」という論文が多く出ています。
「欧米のマンモグラフィ検診推奨年齢は50〜69歳で、40歳代に対しては行いません。その理由は、高濃度乳房が少ない欧米人女性でも40歳代は50歳代以上に比べて高濃度乳房の比率が比較的多いからで、基本的にはマンモグラフィ検診は、高濃度乳房では不利益が利益より大きいからです。ところが日本人は70歳くらいまで高濃度乳房が多いのがわかっているにもかかわらず、日本人女性に適していないマンモグラフィ検診を24年間も行っていることは大きな問題です」
日本では乳がん検診しても死亡率減少効果がないのはなぜですか?
高濃度乳房の判定は、定性的といって目で見て乳房実質が多いと判定する方法と定量的に機器のソフトで判定する方法があります。
「目で見て判定する方法は正確ではありませんが、世界で使われている定量的ソフトで測ると、だいたい日本人は約70〜80%が高濃度乳房と判定されます。ノルウェー人は約28%で、日本人と真逆の比率なのです」(図4)
「つまりノルウェーでマンモグラフィ検診により死亡率減少効果があったのは、非高濃度乳房が圧倒的に多いことによるもので、それを真逆の日本に導入したのです。外的妥当性検討の概念がガイドラインを作成した2013年にはなかったにしても、その後もそのままにしているのは専門家から見て明らかにおかしい。そして、この実態を乳がん検診の受診者で当事者でもある一般女性に知ってもらうことがとても大切なこと」と植松さん。
もう1つ日本の乳がん検診の大きな問題は、日本人女性にマンモグラフィ検診が本当に有効であるかを検証するシステムがないことです。
「欧米は乳がん検診を始めて10年くらい経つと、死亡率減少効果のリアルワールドデータが出ています。通常、欧州は『組織型乳がん検診』といって、対象者名簿を作り管理して、がんが見つかる利益や偽陽性などの不利益などを実際の数字で科学的に毎年チェックし、税金をかけて乳がん検診行う意味があるかを常に精査しています」
その1例として、2020年にスウェーデン女性50万人以上を対象にした39年間の乳がん検診の追跡調査では、10年以内の乳がん死亡リスク41%減少、進行乳がん発症リスク25%減少効果があったと科学的に証明されています。
「しかし、日本は24年間もやりっぱなしの検診で、そのような検証をしていませんし、そのシステムを整備することさえもしていません」
乳がん検診の重要な効果指標に、「乳がん死亡率減少」「進行乳がん数減少」「中間期がん減少」の3つがあります。それに影響を及ぼす要素は「検診感度」と「受診率」の2つでが、日本ではそれらが低いのも大きな問題です。
「マンモグラフィ検診で、乳がん死亡率減少効果に必要な感度は70%以上です。しかし、日本人女性40歳代の感度は47%しかありません。つまり、すでに乳がんを発症している40歳代の女性がマンモグラフィ検診を受けても2人1人、もしかしたら最悪2人とも見つからない可能性のある非常に低い感度の乳がん検診(マンモグラフィ検診)が推奨されているのです」
また、受診率向上の方法としては、対象者名簿を作り管理して、未受診者には乳がん検診を受診するように呼びかけることが非常に効果的であることがわかっています。
「しかし、先ほど述べたように日本にはそのようなシステムがないので、受診率向上の手立てがないのです。しかも日本では誰が実際にマンモグラフィ検診を受診したかを正確に知る術もないのです」
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