乳がん治療新時代へ 進化し続ける治療技術 「世界標準」で治療にあたる
進化を続ける乳がん治療。分子標的薬の登場からサブタイプ別の個別治療など最近の流れは速い。6月末に開催された日本の乳がん医療者が1年に1回、一堂に会する「日本乳癌学会学術総会」の会長を務めた浜松オンコロジーセンター院長の渡辺亨さんに今後の展望を聞いた。
乳癌学会は“四面外科”
渡辺さんは、国立がん研究センター中央病院の医長だったころから、乳がん薬物療法のプロフェッショナルとして、数多くの治療にあたり、たくさんの臨床試験にも参加して、現在に至る『乳癌診療ガイドライン』の礎を築いてきたひとりだ。
乳がん治療の領域は、従来、外科が主導権を握り、内科的な薬物治療も外科医が請け負ってきた。
しかし近年は、乳がん治療の多くの局面で薬物治療が主役となっているため、腫瘍内科医というがん薬物療法の専門家の必要性がますます高まってきている。今回、渡辺さんが腫瘍内科医として初めて乳癌学会学術総会の会長を務めることとなったのもうなずける。
「日本乳癌学会は、20年の歴史があるわけですが、ずっと外科の医師たちが主導権を握ってきました。私は“四面外科”と言っていました(笑)。乳がんの治療はどんどん進化して、学会としての体制も、そろそろ曲がり角を向えています。今回を機に、新たな乳癌学会のあり方をみんなで考えたいと思いました」
情報・知識・理解の共有
渡辺さんが乳がん治療の新しい一歩を踏み出そうと今年の学術総会のテーマに掲げたのは『情報、知識、理解の共有』だった。その意味について次のように説明する。
「日本の学会は乳癌学会に限らず総花的です。しかし、本来はもっと踏み込んだ、現実に即したテーマをきちんと議論して問題点を共有できるようにすることが大切なのです。会場についても、細かく設定されていて、乳癌学会クラスだと、10会場ぐらいに分かれ、それぞれが並行して行われています。すると通常は1,000人とか2,000人といった大きなメイン会場で行われる、いわゆるプレジデンシャルシンポジウムという、会長がテーマと演者を厳選した大切な講演で、閑古鳥が鳴いているということも起きていました。
さまざまなワークショップ、一般演題が並行して実施されているため、いろいろな講演を聴くためには、分刻みで会場を渡り歩くようになってしまうのが現状です。それをできるだけ改善するために、会場を『治療』『検診・診断』『看護・症状ケア』の3つの分野に大きく分けて、自分に関係する領域の講演をきっちりと集中して聴講し、討議もして、論点と今後の課題を共有できるようにしたのです」
外科手術の目的は検査に?
学術総会での発表も踏まえ、今後の乳がん治療の展望について、語ってもらった。
「たとえば手術については、原発巣の手術をどう縮小していくかが課題になります。整容性の高い手術方法をどういう風に組み込んでいくか。腋下の手術もだんだん過去のものになってきています。センチネルリンパ節生検で、陰性だったらリンパ節郭清はしません。1、2個の陽性があってもしないでしょう。いずれはリンパ節郭清も『昔はそういうこともやっていたね』というくらいになるかもしれません」
そして、将来的には外科手術は、病型分類をするための組織採取が主目的となり、治療ではなく検査になる可能性があるという。
「放射線治療では、強度変調放射線治療(IMRT)など新しい方法が導入されたり、ハイパーフラクショネーションという、放射線量を調節して治療回数を減らしていく照射法が行われるなど、どんどん進化しています。
薬物療法では、抗HER2療法が登場したおかげで、ホルモン療法とともに5つのサブタイプが形成され、明確に治療方針を分けて考えられるようになりました(次頁・表)。ホルモン療法は多岐にわたり、抗HER2療法でも抗がん薬の組み合わせは目覚ましく増えています。抗HER2療法で最初にお目見えし、患者さんの福音となったハーセプチン*という薬も、新たに現れたT-DM1(一般名・トラスツズマブ エムタンシン)という薬によって単なる薬の運び屋のような位置づけになり、近い将来、お役御免になりそうな状況です」
*ハーセプチン=一般名トラスツズマブ
トリプルネガティブにも光明
そのなかで明確な効果のある治療がないと言われてきた「トリプルネガティブ」群にも光が見えてきた。
「現在の乳がん医療界におけるトピックスのひとつにトリプルネガティブに対する治療があります。トリプルネガティブの病型分類も6種類ぐらいに収斂してきて、1年ぐらい経つと、さらにいろいろなことがわかってくるはずです。たとえば男性ホルモンであるアンドロゲン受容体陽性というタイプが見つかり、その場合は、前立腺がんの薬であるカソデックス*が効くということになります」
*カソデックス=一般名ビカルタミド
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