第3回日本HBOCコンソーシアム学術総会・市民公開シンポジウム
いま知りたい「遺伝性乳がん・卵巣がん」
女優アンジェリーナ・ジョリーさんの 〝予防的乳房切除〟で、日本でも俄然注目度の高まった「遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)」。欧米では、その経緯に至るまでの医療(診療)システムが完備しているが、日本ではまだ不備な点が多く、患者・家族を含め医療界全体での疾患に対する認識とスタッフを含めたシステム作りが叫ばれている。先ごろ東京で開かれた第3回日本HBOCコンソーシアム学術総会・市民公開シンポジウムでは、HBOCに詳しい国内外の専門家らが講演を行った。
〝遺伝性乳がん・卵巣がん(HBOC)〟とは
年間の新規がん患者約70万人のうち乳がん罹患者は約6万人と言われる。がん患者さんの中には、家系に乳がんや卵巣がんを発症した者が複数いるケースがあるが、これを「乳がん・卵巣がんの家族歴、家族集積性」が見られると言う。聖路加国際病院乳腺外科部長・ブレストセンター長の山内英子さんによると、年間乳がん患者約6万人のうち、家族性乳がん患者が8,000~16,000人、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群患者が2,400~4,000人占めているという。
「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群」に分類される患者さんは、その原因がはっきりしている。その多くにはBRCA1遺伝子とBRCA2遺伝子が大きく関与している。これら遺伝子は、細胞に含まれる遺伝子が傷ついたときに修復する働きがあるが、生まれつき変異があり、さらに本来の機能が失われると、乳がんだけではなく卵巣がんにも罹患しやすいことが判明している。これらの遺伝子のいずれかに病的変異のある場合に「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群」と診断される。
こうした「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群」には、若年(40歳未満)で乳がんを発症、両方の乳房に乳がんを発症するなど、表のような特徴が認められる。また、仮に親がBRCA遺伝子変異を持っていた場合に気にかかるのが子供への影響だが、山内さんによると変異が子供に受け継がれる確率は性別に関わりなく50%という。
さらに、BRCA遺伝子変異を持っていた場合に、将来的に乳がん・卵巣がんに罹患する可能性は、乳がんでは50歳までに33~50%、70歳までに56~87%、卵巣がんでは70歳までに27~44%であり、変異を持たない一般人のそれぞれ2%、7%、2%未満に比べて格段に高くなっている。
遺伝性乳がん・卵巣がん症候群の医学的管理
では、「遺伝性乳がん・卵巣がん症候群」と診断された女性に対してどのような医学的管理が行われるのか。山内さんによると、BRCA1、2遺伝子変異がある場合には、「自己乳房について認識することを18歳から始めてもらうことになる」という。さらに医療機関での乳房検診を、25歳から6~12カ月に1回、25~29歳では年1回のMRI(できなければマンモグラフィ)、30~75歳では年1回のMRIとマンモグラフィ、75歳以上は個別に管理を考慮する。25~29歳でマンモグラフィではなくMRIを勧めるのは、若年での放射線曝露の回避や乳腺濃度が高いためである。
また患者さんには、治療としてリスク低減乳がん切除術の選択肢があることを提示し、乳がん発症の予防効果や切除後の乳房再建、切除術のリスクなどの内容を含めた話し合いを行う。
一方、卵巣の管理については、「BRCA1、2遺伝子変異がある場合には、リスク低減卵巣・卵管切除(RRSO)を推奨する」という。施術にあたっては、理想的には35~40歳の間で出産が完了している、あるいは家系内で最も若い卵巣がん発症年齢に基づいた個別化した年齢が理想的となる。
RRSOを選択しない場合には、経腟超音波検査、腫瘍マーカー(CA125)の測定を、30歳から6カ月に1回、または家系内で最初に卵巣がんと診断された人の年齢の5~10年早くから行う。
こうしたリスク軽減手段を講じることにより、予防的乳房切除では90%、予防的卵巣卵管切除では68~96%などのリスク軽減効果が認められているという。
遺伝性乳がん・卵巣がん症候群では、予防的乳房、卵巣・卵管切除が推奨されるが、その一方で考慮すべき点のあることも事実。山内さんによると、外科治療であるためのボディーイメージ、手術に伴うリスク、乳頭や皮膚の感覚、人工閉経(妊孕性、早期閉経に伴う諸問題)など。また心理的負担や残存がんの可能性などが挙げられるという。
男性にも生じる遺伝性乳がん・卵巣がん症候群
BRCA1、2遺伝子変異は男性でも大きな影響をもたらすことはあまり知られていない。男性でのBRCA1遺伝子変異は、65歳以下において前立腺がんのオッズ比を最大3.3倍、BRCA2遺伝子変異は同8.6倍高めるという。
男性の遺伝性乳がん・卵巣がん症候群での乳房と前立腺の管理は、自己乳房触診を35歳から開始。医療機関での乳房検診を35歳から6~12カ月後に1回、40歳からはベースラインマンモグラフィを考慮することが勧められている。また40歳からの前立腺スクリーニングは、「BRCA2遺伝子変異では推奨、BRCA1遺伝子変異では考慮する」となっている。
日本でも、遺伝性乳がん・卵巣がん症候群に対する認知度が高まりつつあるが、欧米に比べると遺伝カウンセラー、大学院プログラム数、総検査数、ガイドラインや治療などの医療対策、法的保護などの社会的状況などにおいてまだ大きな格差がある。山内さんは「今回の市民公開シンポジウムなどの啓発活動を通じて、患者さんが正しい知識を持って、正しい選択を行えるよう努力したい」と結んだ。
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