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知っていますか?乳がん標準化学療法で生じる心障害という大きな問題

心臓専門医 ツビンデン × 乳がん治療のオピニオンリーダー 岩田 広治 知ってほしいのは、この心障害のリスクを回避する方法があるということ

撮影:河合 修
発行:2009年9月
更新:2013年10月

  
ステファン・ツビンデンさん
ベルン大学(スイス)
心臓病学部門医師の
ステファン・ツビンデンさん
岩田広治さん
愛知県がんセンター
中央病院乳腺科医師の
岩田広治さん

日本ではあまり知られていないが、乳がんの標準治療として使われる抗がん剤や分子標的薬の中に心障害を起こす危険性のある薬がある。心障害が起こって命が絶たれたら元も子もない。この分野を専門的に研究している心臓専門医、スイス・ベルン大学病院医師のステファン・ツビンデンさんと、日本の乳がん治療のオピニオンリーダーである愛知県がんセンター中央病院乳腺科部長の岩田広治さんに、この問題について話し合っていただいた。

がん医療と心臓医療の狭間でまだ知られていない大きな問題

岩田 ツビンデン先生は心臓専門医の立場から乳がん化学療法の副作用の1つである心障害(専門的には心毒性という。抗がん剤が直接、心臓に影響することによって心機能が低下する)を受けたがん患者さんのケアに取り組み、高い実績をあげておられます。日本ではまだほとんど注目されていませんが、これから心障害という問題が顕在化していくことは間違いありません。そこで私たち日本の医師、そして患者さんがこの問題にどう向かい合っていくべきか、リスクをどう回避すればよいのかについて話し合いをさせていただければと考えています。
その前に先生がこの分野で活動を始められた動機や、がん患者さんをどうサポートしているのかを、お聞きしたいと思います。

ツビンデン おっしゃるとおり、私は心臓専門医です。心臓治療に取り組むうちに、多くのがん患者さんが化学療法の副作用としての心障害で苦しんでいることを知りました。当時は、がん患者さんに心障害が現れるとがん専門医から連絡があり、それにこたえる形で患者さんをサポートしてきました。今では、オンコロジー(腫瘍学)のチームの一員として活動しています。
この分野(カルディオ-オンコロジー)はがん医療と心臓医療という大きな領域の狭間にあるといえます。
私個人としても、他の分野の医師、科学者と協力し合うことに大きな意義を感じています。もっとも、私のような治療に取り組んでいる医師は世界でもまだ数少なく、欧州で3、4人、米国で3、4人といったところでしょうか。

アントラサイクリン系薬剤の副作用として注意すべき心障害

岩田 なるほど。その心障害で最も問題視されているのは乳がん治療の標準治療薬として用いられている抗がん剤のアドリアシン(一般名ドキソルビシン)やファルモルビシン(一般名エピルビシン)などのアントラサイクリン系の薬剤です。さらに、乳がん治療の今後を担うと注目を集めているハーセプチン(一般名トラスツズマブ)などの分子標的薬の副作用に心障害があることもわかっています。

ツビンデン アントラサイクリンはすでに30年にわたって使用されており、そのために副作用についてもよく知られています。最大の特徴は、用量依存性があることです。
たとえば、アドリアシンの場合は、投与量が体表面積1平方メートル当たり400ミリグラム未満であっても、心不全など心障害の発現率は5パーセント程度ありますが、投与量が同500ミリグラムを超えると、加速度的に心障害の発現率も上昇します。たとえ累積投与量がこれらの用量より低くても、アントラサイクリンによる心臓へのダメージは進んでおり、自覚症状が無いといっても心障害が無いとはいえません。そしていったんアントラサイクリンで心不全を起こしてしまった場合、予後が極めて不良であるということが知られています。また、それとともに、この心障害は遅発性という特徴があることも知っておくべきでしょう。
アントラサイクリンによる心障害は治療後、数年経過したころから発生頻度が上昇するというデータもあるのです。
またハーセプチンでも3パーセントの患者さんに心障害が現われますし、タイケルブ(一般名ラパチニブ)を投与した場合も約2パーセントの確率で心障害が発生することもわかっています。もっとも、ハーセプチンやタイケルブの場合は投与開始後、数週間から数カ月の間に症状が現われ、多くの場合は治療によって回復が可能です。これまでのデータでは、症状が遅れて現われた場合でも治療によって状態は安定しています。しかし、まだ新しい薬剤なので、10年後、20年後どうなるかということはまったくわかっていません。
日本では、これらのリスクについて、どう捉えられているのでしょうか。

[アントラサイクリンにより心筋症を来たした場合、予後は不良]
図:アントラサイクリンにより心筋症を来たした場合、予後は不良

出典:Mod. after Felker M.et al. N Engl J Med 2000; 342: 1077

心障害は日本のがん治療においても重要な問題

岩田 残念ながら、日本では乳がん治療後の心障害の問題はまだまだ認識されていません。この問題についてきちんと理解しているのは、日本乳癌学会に所属している専門医くらいではないでしょうか。 一部にはこれまで問題になっていないこともあってか、日本人には心障害は現れにくいと言う医師もいるくらいです。しかし、私は違うと思います。日本でアントラサイクリンが乳がん治療に用いられてから30年が経過しましたが、とくに「再発防止」を目的とした術後化学療法では、最近5年くらいで欧米並みの高用量が用いられるようになりました。むしろ、この問題はこれから顕在化してくると思います。
だからこそ、今のうちにしっかりと対策を講じておかなければ、と思っています。ただ私たちがん専門医には、心臓の障害は理解しにくいところもあります。そもそも、心障害はどんなメカニズムで現れるのでしょうか。また、アントラサイクリンとハーセプチンなどの分子標的薬とでは、心臓への影響にどんな差異があるのでしょうか。

ツビンデン 抗がん剤はがん細胞だけでなく、健全な組織にも深刻な影響を与えますが、心臓もその例外ではありません。心臓は素晴らしい臓器で、誕生から心筋細胞が増えることはありませんが、さまざまな状況に適応する機能を持っています。そうした適応力は、たんぱく質の合成と分解のバランスが保たれることによって維持されています。しかし、アントラサイクリンが作用すると、たんぱく質の分解が過剰になり、適応力が維持できなくなるのです。もっとも、心臓はホメオスタシス(恒常性)に加えて、さまざまなレセプター(受容体)を介して自己を保護する機能(代償機構)も備えており、自らの修復にかかりますが、そこに加齢、他の心臓疾患、高血圧、治療のための放射線被曝などが重なると酸化ストレスが増大し、心筋細胞はアポトーシス(細胞死)へと向かいます。そうして心筋細胞は減少し、後戻りのきかない心不全へと進行するスパイラルが生じるのです。これは、とても悲しいスパイラルです。そうしたリスクの中には、ハーセプチンなど分子標的薬の投与も含まれます。たとえばハーセプチンはHER2受容体に働きかけますが、これはがん細胞のみならず、心臓にも存在し、心機能を維持するうえでもきわめて重要な意味を持っています。アントラサイクリンとハーセプチンを併用すると、アントラサイクリンにより引き起こされた心障害から回復させようとする伝達経路が遮断されることで、心障害がより強化されるのです。

岩田 その心障害を起こしやすいリスクファクターにはどんなものがありますか。

ツビンデン まず、年齢ですね。65歳を境目とすると、高齢の方が心不全になる割合がより高くなります。それから先ほど述べた薬剤の総投与量、心疾患の既往の有無、さらに高血圧や糖尿病なども心不全の重大なリスクになります。また、肺近辺への放射線治療を受けている場合もです。リスクファクターがいろいろあると、それらが影響しあって心不全になる率が高くなります。だから、それを未然に防ぐためにも、患者さんは自分のリスクファクターを把握しておく必要があります。

岩田 我々医師も、そのことを改めて把握しておく必要があるでしょうね。

[がん治療薬による心機能低下と心不全の頻度]

抗がん剤 心機能低下 心不全
アントラサイクリン系薬剤
ドキソルビシン(アドリアシン)
エピルビシン(ファルモルビシン)
  5~26%
2~10%
パクリタキセル(タキソール) 5%  
シクロホスファミド(エンドキサン )   1%
分子標的治療剤    
トラスツズマブ (ハーセプチン) 3~18% 4%
ラパチニブ(タイケルブ) 1.4% 0.2%
ベバシズマブ (アバスチン) 3%
スニチニブ (スーテント) 8~15% 10%
ソラフェニブ (ネクサバール)
イマチニブ (グリベック) 2% 1%
※( )内は商品名

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