「やわらかくて温かく、自然に近い乳房」を取り戻すために
脂肪と細血管で理想的な乳房を。オーダーメイドの新再建術
横浜市立大学付属
市民総合医療センター
再建外科准教授の
佐武利彦さん
乳がん患者が増えるにつれて、より美しい乳房再建のニーズも高まっています。
横浜市立大学付属市民総合医療センター再建外科准教授の佐武利彦さんは、日本ではまだ数少ない乳房再建を専門とする形成外科医です。
「それぞれの患者さんの希望や体型などにあわせて最適の乳房再建を求めてきた結果、生まれたもの」という自家組織を移植する新しい乳房再建術について、聞きました。
外科医から乳房再建専門医へ
欧米では、「乳がんの手術は再建まで行って終了」と考えられており、乳がん手術と再建を行う「腫瘍再建乳腺外科医」が多くいるといいます。「欧米の乳腺外科医は乳房の整容性に対する認識が非常に高く、多くの乳腺外科医が何らかの再建術を行っている」と佐武さんは指摘します。
残念ながら、日本はまだ乳房再建に対する意識が高いとはいえず、専門医も少ないのが現状です。こうした中にあって、横浜市立大学付属市民総合医療センターでは、2008年4月から再建治療を専門とする「再建外科」を開設。ここで、「1人ひとりの患者さんのニーズに応える」をモットーに乳房再建術を行っているのが佐武さんです。
佐武さんは、もともと外科医で、乳がん手術を行いながら形成外科医を目指していました。「15年ほど前には、まだほとんどの患者さんが乳房全摘術を受け、乳房温存療法も乳房の4分の1を切除する方法が主流だったため変形が著しく温存とはいえない状態だった」とのこと。外科医としてこうした患者さんを診る中で、乳房再建という形成外科医としてのテーマが生まれた、といいます。
今、乳房再建には、シリコンなどのインプラント(人工物)を挿入して乳房を作る方法と自分の組織(自家組織)を移植して乳房を作る方法があります。
インプラントの場合、乳房以外に傷が残らず、手術も比較的簡単なのが利点ですが、全摘手術によって胸の筋肉まで失われている場合は再建は難しくなります。一方、自家組織を使う場合は採取した部位にも傷跡が残りますが、何といっても「やわらかくて温かく、自然に近い乳房」を取り戻せるのが大きな利点です。
ただし、従来から行われている方法には、採取先の筋肉の障害という大きな難点がありました。これを改善することから、佐武さんの新しい乳房再建が始まったのです。
筋肉を障害しない方法を
自家組織による乳房再建には、これまで「筋皮弁法」が利用されてきました。これは、おなかや背中の脂肪を筋肉ごと採取し、胸に移植する方法です。移植した組織の血流を保ったまま生着させるためには、血管が走る筋肉も含めて移植することが必要と考えられたのです。
ところが、この方法には合併症がありました。「たとえば、おなかから採取した場合、腹筋が失われてしまうので、立ち仕事や咳、妊娠などで腹圧がかかると、腹壁がゆるんで腸が飛び出てしまうことがあるのです。人工のメッシュで抑えることはできますが、腹筋力は低下するので、スポーツや声楽で腹筋を必要とする人には不向きでした」と佐武さん。実際には、おなかの中央を走る腹筋を採取するのですが、その際、神経が損傷されるので、両脇の筋肉も筋力が低下します。そのため、腹筋と背筋のバランスが崩れ、腰痛が出る人も少なくありませんでした。痛みも伴いました。
美容面でも、腹筋をとって縫い寄せるとおヘソの位置がずれたり、腹筋のラインが消えるなどの難点がありました。こうした腹部の合併症が8~20パーセントもの人に起きたのです。
一方、背筋を使った場合は、筋肉は使わないとやせて萎縮してくるため、やがて再建した乳房が小さくなってきます。神経をつないだまま移植すれば、萎縮は防ぐことは可能ですが、広背筋は、肩を動かす筋肉なので、肩を動かすと胸に移植した筋肉まで動いてしまうことがあるのです。「こうした合併症が起こると、そればかり気になって、患者さんはせっかく再建された乳房を喜べなくなるのです」。
「穿通枝皮弁法」という方法
合併症を起こさないで、きれいに乳房を再建するにはどうすればいいのか。そこで、佐武さんが導入したのが「穿通枝皮弁法」でした。
これはもともと日本で腹部の欠損を補うために1989年に開発されたのですが、欧米で乳房再建に応用され、日本に逆輸入される形になりました。そのポイントは、移植に筋肉を使わないこと。再建に必要なのは脂肪組織なのです。
佐武さんによると、たとえば腹部の場合、まず腹筋から脂肪を剥がして筋肉を包む膜を露出します。この膜に小さな切開を入れて、筋肉に分け入ると太い血管から分岐した細い血管がでてきます。これが、穿通枝と呼ばれる血管です。太さはわずか0・5ミリほど。この血管を脂肪組織につけたまま採取し、乳房に移植します。この血管と胸の血管をつないで、脂肪組織を生かすわけです。採取した腹部には、筋肉がそのまま残されるので、従来のような筋肉の損傷による合併症は起こりません。
これが、佐武さんが第3世代の方法と呼ぶ移植法(DIEP flap・深腹壁動脈穿通枝皮弁)です。さらに最近では、脂肪組織につながるより細い血管だけをつけて移植しても脂肪組織を生かせることがわかってきました(SIEA flap・浅下腹壁動脈皮弁)。筋肉には全く傷はつきませんが、「移植先である胸にも同じくらい細い血管がないと血管をつなぐことができないので、条件に合う人でないとできない」そうです。
このように、非常に精密な操作を行うことで、筋肉を残して組織を採取し、乳房を再建することができるようになったのです。
オーダーメイドの再建法
こうして、筋肉の損傷による合併症の危険は防ぐことができるようになりました。同時に、佐武さんが考えたのは「決まった治療法を患者さんに当てはめるのではなく、それぞれの背景や希望、体の状況などに応じて、最適の再建法を患者さんと一緒に考えていく」オーダーメイドの再建法でした。
患者さんは、それぞれに年齢も違えば、趣味や仕事も違います。体型や乳房の形も異なれば、妊娠出産を希望する人もいます。それぞれに応じて、乳房再建を行っていこうというのです。実は、それを実現するために重ねてきた工夫が、現在、佐武さんが行っている乳房再建法になっているのです。
したがって、手術の前には患者さんと入念に話し合い、写真もたくさん撮ります。脂肪がどこについているかも、しっかり測定します。乳房の状態をみて、どこから組織を採取して、どのくらいの大きさの乳房にするか、美しい乳房再建には十分な話し合いと検討が不可避です。
佐武さんによると、「脂肪があればどこからでも組織の採取は可能ですが、術後に機能の障害が残らず、傷跡もわりあい目立ちにくいのは13カ所ほど」とのこと。これを希望や体型、年齢などに応じて使い分けます。
たとえば、脂肪の大きさや重さは下腹部がいちばんですが、厚みは臀部がいちばんあり、また、脂肪組織の質も部位によって違うそうです。
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