大きく変わる乳がんのホルモン療法
アロマターゼ阻害剤という新しい概念の薬剤が乳がん治療の主役になる日
国際医療福祉大学教授
山王メディカルプラザ
オンコロジーセンター長の
渡辺 亨さん
今、乳がん治療の分野で アロマターゼ阻害剤という新しい分類の薬剤が出現し注目を集めています。
従来標準とされてきた抗エストロゲン剤を凌駕する効果が、大規模な臨床試験で次々に実証されています。
術後のホルモン療法の主役が、抗エストロゲン剤からアロマターゼ阻害剤に交代する日も近いようです。
閉経後に乳がんになる女性が増えている
欧米のように、乳がんになる人が増えています。日本では、毎年約3万人の女性が乳がんになり、約1万人が死亡しています。年齢構成も欧米に近づいています。日本では、30代後半から増え始め、40代後半にピークを迎え、50代、60代の順になっています。以前は閉経になる前に乳がんになる人が多かったのですが、最近は欧米と同じように閉経後に乳がんになる人が増えています。
乳がんは、他のがんに比べて、抗がん剤がよく効くことでも知られ、ホルモン療法の選択肢もあります。とりわけホルモン療法が効くというのは、女性ホルモンをえさにして増殖する乳がんが多いからです。約6割がそうです。ホルモン療法はそのえさをブロックし、がん細胞に食べさせないようにする治療です。養分が補給されなくなったがんは次第に増殖する力が衰えていくのです。
乳がんが女性ホルモンをえさにして増殖するタイプかどうかは、女性ホルモンの受容体(レセプター)を持っているかどうかで決まります。ホルモン・レセプターを持っている、つまり陽性であればホルモン療法が効く可能性があり、治療を受けることが推奨されています。
目に見えない微小がんを叩く
免疫染色という手法でわかるようになった
乳がんのエストロゲン受容体
乳がんは、たとえ小さな早期がんであっても、しこりの部分を手術で取るだけではすみません。目に見えるしこりのほかに、水面下で目に見えない微小がんがすでに転移を起こしている可能性があります。乳がんが「全身病」といわれるゆえんはここにあります。その微小がんが数年して骨や肺などに目に見える転移がんとなって現れることになります。したがって、乳がんは、その前の、目に見えない微小がんの段階で叩き、再発を未然に防ぐ必要があります。
その乳がん術後の再発予防薬として有効性、安全性が認められているのが、エストロゲン(女性ホルモン)の作用を抑える抗エストロゲン剤のタモキシフェン(商品名ノルバデックス)です。
タモキシフェンは1970年代初めに開発された古い薬ですが、エストロゲンの分泌自体を抑えるわけではなく、乳がん細胞内にあるエストロゲン・レセプターに結合することでエストロゲンの本来の働きを無力化し、がんの増殖を抑えます。その力により、過去20年近くにわたって乳がん術後の再発予防の標準治療薬と認められ、世界中で使われてきました。
日本乳癌学会の「診療ガイドライン」においても、「ホルモン感受性早期乳がん患者に対して術後5年間のタモキシフェン投与は有用である」と記され、推奨度は4段階中の一番強いグレードAとなっています。
けれども、女性ホルモン・レセプター陽性の患者を選んでも、タモキシフェンで再発を抑えられるのは50パーセントです。残り50パーセントの人はタモキシフェンを飲んでも再発してしまいます。またタモキシフェンは、頻度は少ないといっても、400人に1人か2人が子宮に内膜がんができるという懸念もあります。そんなわけで、より効果も安全性も高い治療薬が長く求められてきました。そこで、最近注目されているのが、アロマターゼ阻害剤と呼ばれる新しい分類の薬剤です。
世代 | 非ステロイド系 | ステロイド系 |
---|---|---|
1 | (アミノグルテチミド) (日本非発売) | (テストラコトーン) (日本非発売) |
2 | アフェマ(ファドロゾール) | (フォーメスタン) |
3 | アリミデックス(アナストロゾール) フェマーラ(レトロゾール) (日本未発売) (ヴォロゾール) (開発中止) | アロマシン(エキセメスタン) |
閉経前乳がん | 閉経後乳がん |
---|---|
抗エストロゲン剤 ・ノルバデックス(タモキシフェン) | 抗エストロゲン剤 ・ノルバデックス(タモキシフェン) ・フェアストン(トレミフェン) |
LH-RH アゴニスト ・ゾラデックス(ゴセレリン) ・リュープリン(リュープロレリン) | アロマターゼ阻害剤 ・アロマシン(エキセメスタン) ・アリミデックス(アナストロゾール) ・アフェマ(ファドロゾール) |
MPA(メドロキシプロゲステロン) ・ヒスロンH | MPA(メドロキシプロゲステロン) ・ヒスロンH |
閉経後大きく変わるホルモン環境
ここで、女性のホルモン環境と乳がんについて少し詳しく見てみましょう。
実は女性の体は、閉経になる前と後でホルモン環境が大きく変化します。閉経前は、卵巣からエストロゲンが分泌されるのが主体です。これに対して閉経後は、卵巣からエストロゲンが分泌されなくなりますが、実はエストロゲン自体は卵巣以外に、副腎皮質からも生み出され、閉経後はこちらから分泌されるホルモンが主役となります。もう少し正確に言うと、副腎皮質からつくられるのはアンドロゲン(男性ホルモン)です。ところがこのアンドロゲンはアロマターゼと呼ばれる酵素によって化学的にエストロゲンに転換されるのです。アロマターゼは、体内の脂肪組織をはじめ、肝臓や筋肉、乳がん組織の中にあり、これが副腎から分泌されるアンドロゲンをエストロゲンに転換するわけです。つまり、閉経後のホルモン量は閉経前の10分の1から100分の1になりますが、それを薬剤の力でさらに10分の1から20分の1以下に抑えることによってえさをなくすというわけです。
となると、閉経後は、このアロマターゼの働きを抑えてやれば体内からエストロゲンがつくられなくなり、乳がんの増殖も抑えられると考えられます。実際にそのような発想のもとに、これまでにはなかったまったく新しい概念のホルモン剤が開発されたのが、前に述べた「アロマターゼ阻害剤」です。しかもこのアロマターゼ阻害剤は、乳がんの術後の再発予防薬として、20年近くにわたって標準治療とされてきた抗エストロゲン剤のタモキシフェンに取って代わり、従来の乳がんの治療体系を大きく変えようとしているのです。
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