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ハーセプチンが効かない患者に朗報。
脳転移にも有効に働く、新しい分子標的薬「タイケルブ」
「HER2陽性乳がん」に新たな光明となる新薬登場

監修:戸井雅和 京都大学大学院医学研究科外科学講座教授
取材・文:繁原稔弘
発行:2009年6月
更新:2013年4月

  
戸井雅和さん
京都大学大学院医学研究科
外科学講座教授の
戸井雅和さん

予後が悪いと言われてきたHER2「陽性」の乳がん。分子標的薬ハーセプチンの登場により、この治療状況はかなりよくなったが、ここへもう1つ、新たな分子標的薬が加わった。タイケルブという新薬だ。
脳転移への効果など、多くの可能性を秘めた抗がん剤として期待が集まっている。

増殖スピードが速いがんにかかわっているHER2

「HER2(human epidermal growth factor receptor type2)」とは、細胞の増殖にかかわる遺伝子タンパクである。ヒト上皮細胞増殖因子受容体(EGFR)と同じファミリー。通常は正常な細胞にも微量に存在し、細胞の増殖や分化などの調節に関与している。

通常、乳がんの増殖スピードは緩やかで、がんが1センチの大きさになるのに7~8年かかると言われているが、乳がん細胞には増殖スピードの速いものがあり、それにHER2がかかわっている、とされている。

ちなみに、HER2は、「HER2/neu」あるいは「c-erbB-2」とも呼ばれる(本誌はHER2で表記を統一)。

乳がんの2~3割を占める「HER2陽性乳がん」

現在、HER2の状況を調べる代表的な検査としては、HER2タンパクの量(過剰発現)を調べる免疫組織化学染色法(免疫染色、IHC法)と、タンパクをつくるもととなるHER2遺伝子の量(増幅)を調べるFISH法の2種類がある。

これらの検査は、生検や手術で採取された乳がんの組織を用いて調べる。

ちなみに免疫染色法では、採取したがん細胞を調べ、HER2タンパクがほとんどない人(0)からたくさんある人(3+)までを分類し、4段階で評価する。

HER2タンパクの過剰発現が見られる、HER2遺伝子の増幅が多いなど、いわゆる“陽性”反応が出た場合、「HER2陽性乳がん」と診断される。

京都大学大学院医学研究科外科学講座教授の戸井雅和さんは、このHER2陽性乳がんの定義について、次のように説明する。

「乳がんにおけるHER2陽性の定義には、大きく2つあって、1つは、HER2の遺伝子が異常に増殖していること。もう1つは、HER2タンパクの発現が高いことで、どちらかでHER2の異常が見られた場合に陽性となります。これは、病理専門の医師が検査して判断します」

HER2陽性の乳がんは、初発の乳がん患者の2~3割に見られる。HER2陰性の乳がんに比べて、進行が早い、再発の可能性が高い、予後が悪い、などの傾向がある。

[再発・転移性乳がんの生存曲線]
図:再発・転移性乳がんの生存曲線

出典:Science. 1987 Jan 9;235(4785):177-82.
AとCの図は、再発・転移性乳がんの生存曲線(無病生存率)を示している。BとDの図は、再発・転移性乳がん全生存者の生存曲線(全生存率)を示している。図AとBはHER2遺伝子が過剰発現していないリンパ節転移陽性乳がん患者と、HER2遺伝子が過剰発現している(HER2遺伝子コピー数2以上(増幅))リンパ節転移陽性乳がん患者の生存率を比較。図CとDはHER2遺伝子が過剰発現していないリンパ節転移陽性乳がん患者と、HER2遺伝子が過剰発現している(HER2遺伝子コピー数5以上(増幅))リンパ節転移陽性乳がん患者の生存率を比較
※HER2遺伝子の過剰発現が多い(HER2遺伝子コピー数5以上(増幅))ほうが、予後が悪いことを示している

HER2陽性乳がんすべてに効くわけではない

HER2陽性乳がんの治療はこれまで、2001年に日本で初めて製造販売が認可された分子標的薬「ハーセプチン(一般名トラスツズマブ)」が用いられてきた。

ハーセプチンは、がんを誘発する特定の遺伝子によって産生されるHER2を標的とし、その機能を遮断するように設計されたヒト化モノクローナル抗体である。

ハーセプチンの適応は、「HER2過剰発現が確認された転移性乳がん」と「HER2過剰発現が確認された乳がんにおける術後補助化学療法」で、現在、HER2陽性の転移性乳がんの標準治療薬となっている。

とはいうものの、このハーセプチンも、すべてのHER2陽性乳がんに有効というわけではない。

ハーセプチンの適応となるのは前述の免疫染色法によって3+と判断された症例、あるいは、HER2遺伝子の量が多い人。免疫染色法の0と1+の症例は適応外となる(ただし、免疫染色法2+の場合、他の方法によってHER2遺伝子の増幅を確認できた場合は、ハーセプチンが適応となる)。

また、脳転移を生じた患者に対しては効果がない他、心臓に障害が現れる、などの副作用が起こることもある。さらに、同じ治療法は、ある程度の期間で効かなくなることも分かっている。

そこで、登場したのが新しい分子標的薬「タイケルブ(一般名ラパチニブ)」である。ハーセプチンが効かない、効かなくなったHER2陽性の乳がんに有効な抗がん剤として、2009年4月に認可されたのだ。

[ハーセプチンとタイケルブの作用機序の違い]
図:ハーセプチンとタイケルブの作用機序の違い

出典:1.Gennari et al.Clin Cancer Res 2004;10:5650-5;2.Rusnak Mol Cancer Ther 2001;1:85-94;2.Hegde et al.Mol Cancer Ther 2007;6(5):1629-40;3.Xia et al.Oncogene 2002;21(41):6255-63

ハーセプチンが効かない患者に効果がある

写真:経口薬の「タイケルブ」製剤
経口薬の「タイケルブ」製剤

タイケルブの日本での適応は「HER2過剰発現が確認された手術不能または再発乳がん」。欧米の承認要件と同じく、ゼローダ(一般名カペシタビン)との併用による使用となる。

タイケルブは、2007年3月にアメリカで「他剤による治療歴のあるHER2過剰発現の進行性または転移性乳がんに対するカペシタビンとの併用療法」を適応として初めて承認され、その後、世界74カ国(2009年3月時点)で承認されている(国外の商品名はタイケルブ(EUはタイバーブ))。

ハーセプチンとタイケルブは、HER2を標的とする分子標的薬という点では同じでありながら、作用の仕組みは全く違っている。

ハーセプチンは、HER2タンパクの細胞の外側に出ている認識部位に結合し、そのシグナルを止めるが、タイケルブはHER2タンパクの細胞内部の部位に結合し、そのシグナルを特異的に抑える。それによってがん細胞の増殖を止め、アポトーシス(細胞の自然死)を促す。

このような作用の仕組みの違いから、タイケルブはハーセプチンが効かない患者にも効果が期待できるのだ。

また、ハーセプチンはHER2だけを対象とする点滴静脈注射薬だが、タイケルブはHER2以外に、EGFR(別名HER1。上皮成長因子受容体)というチロシンキナーゼ受容体も阻害する薬剤で、低分子化合物の経口薬である。

このタイケルブの認可によって、HER2陽性乳がんの治療に大きな変化が生まれる、と戸井さんは言う。

「ハーセプチンが効かない、効かなくなっている患者さんに対して、タイケルブは効果を発揮します。タイケルブに対する期待のもう1つは、HER2だけでなく、HER1に対しても有効に効くという側面です。この点において、タイケルブは乳がん治療の全く新しい治療法を切り開いていく可能性のある薬であると言って間違いないでしょう。その証拠に、たとえば、タイケルブとホルモン療法との併用の効果について、すでにかなり有望な治療成績が出ています」 さらに、戸井さんは、タイケルブの可能性について次のように述べる。

「タイケルブは現在のところ、基本はゼローダとの併用でハーセプチンを使用して効果がなかった場合のセカンドチョイス(第2選択)として考えられており、国内で認可された適応症もそうなっていますが、単剤での効果、あるいはゼローダ以外の他の抗がん剤との併用効果についても検討が進んでいます。また、まだ臨床試験のデータは少ないですが、ハーセプチンとの併用の効果を示すデータも出始めています」


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