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高齢者の増加に伴い、より重要性高まる。将来はロボット手術も
ここまで進んだ 泌尿器がんの腹腔鏡手術

監修:寺地敏郎 東海大学医学部外科学系泌尿器科学教授
取材・文:祢津加奈子 医療ジャーナリスト
発行:2010年7月
更新:2013年4月

  
寺地敏郎さん
東海大学医学部
外科学系泌尿器科学教授の
寺地敏郎さん

開腹手術より体への負担が少なく、早期がんを中心に広まりつつある腹腔鏡手術。しかし、手術の安全性や適応の限界などに不安を抱く人もいる。日本における腹腔鏡手術のパイオニアとして知られる東海大学医学部外科学系泌尿器科学教授の寺地敏郎さんに、泌尿器がんの腹腔鏡手術について現状とメリットを聞いた。

出血や癒着も少ない泌尿器がんの腹腔鏡手術

今でこそ、腎がんでも前立腺がんでも、可能ならばまず腹腔鏡手術を考えるのが当たり前になっています。しかし、泌尿器のがん治療に、初めて腹腔鏡が導入されたのは、わずか20年前のこと。1990年に、アメリカで腎がんの腹腔鏡手術が行われたのが最初でした。

東海大学医学部泌尿器科学教授の寺地敏郎さんは、この翌年には京都大学で腎がんの腹腔鏡手術を実施しています。

92年には副腎の腹腔鏡手術を開始し、98年にフランスで前立腺がんの腹腔鏡手術が行われると、翌99年には日本で初めての前立腺がんの腹腔鏡手術を開始しました。

つまり、寺地さんは日本でいち早く腹腔鏡手術に取り組み、ほぼ世界と同時進行でその技術確立に努めてきたのです。

「90年にアメリカから帰国し、京大で精索静脈瘤という病気の腹腔鏡手術を同僚に学んだのが最初です。これは、精巣の静脈が瘤になる病気で、血管を剥離していったん束ね、切断するというだけの手術なのですが、腹腔鏡で行うと細い血管もよく見えるし、難しいけれども良い手術だと思いました」

当時を振り返って寺地さんはこう話します。

以後、腹腔鏡手術に熱心に取り組むようになったのは、「傷が小さいので、患者さんの負担が軽くてすみます。さらに、開腹手術と違って臓器が空気に触れないことが大きいのです。
たとえば腎がんの場合、お腹に直径5~15ミリの穴を3~5カ所あけて、手術器具を操作する空間を作るために、腹腔内に炭酸ガスを入れて膨らませるのですが、臓器は外気に直接触れません。そのため、開腹手術に比べて腸などの癒着が格段に少ないのです。出血もはるかに少ないし、腎がんや副腎腫瘍は、今や手術時間も開腹手術より短くなっています」。

ちなみに、今は腹腔鏡による腎がんの平均的手術時間は2時間から3時間半ほど。寺地さんは90分ほどです。

20年前に腹腔鏡手術を開始したころは、教科書もなく、寺地さんでも4時間ぐらいかかったといいますから、その進歩は著しいものがあるのです。

腎がんの8~9割は腹腔鏡手術

[腎がんの病期分類]

T1a 腎がんの直径が4cm以下で腎臓にとどまっている
T1b 腎がんの直径が4~7cmで腎臓にとどまっている
T2 腎がんの直径が7cm以上で腎臓にとどまっている
T3a 腎がんが副腎または周囲の脂肪組織まで及んでいる
T3b 腎がんが腎静脈または横隔膜の下の下大動脈に広がっている
T3c 腎がんが横隔膜を越える下大静脈内に広がっている
T4 腎がんがゲロタ筋膜を越えて広がっている
ゲロタ筋膜:腎臓をおおっているいちばん外側の膜
出典:国立がん研究センターがん対策情報センター『腎細胞がん』より一部改変

腎がんの場合、現在、日本全体では腹腔鏡で行われる手術は2割程度です。ところが、寺地さん率いる東海大学泌尿器科では、8割以上が腹腔鏡で行われているといいます。

「基本的には、7センチまで(T1)を腹腔鏡手術の対象にしていますが、腹腔鏡で手術できるものは、全て腹腔鏡でやっています。開腹手術になるのは、8センチから10センチを超えるような大きながん、あるいは静脈内に血栓ができていたり、部分切除で部位的に難しいとか、腎臓が1つしかないなどのケース。全摘に限れば、9割以上は腹腔鏡で手術が可能です」と寺地さんは語っています。

腎臓を温存して部分切除が可能なのは、4センチまでの腎がんです。しかし、腹腔鏡手術では腎臓を丸ごと切除する全摘より部分切除のほうが、高度な技術が必要なのです。

とくに腎臓の内側に向かって成長するタイプや腎動脈や腎盂などが集まる腎門部に近いがんは、腎動脈をクリップで止めて一時的に血流を止め、血管を傷つけないギリギリのところでがんを切除しなくてはなりません。

実際には、「4センチのがんだと、安全域を見込んで5~6センチ切除することになります。そうすると、部位によっては安全な切除が難しいのです。この場合は開腹になることもあります」と寺地さん。

腹腔鏡で確実に部分切除できるのは3センチぐらいまでだそうです。ただし、「手術の既往があり、お腹に大きな傷があったり、癒着がある場合は開腹手術も考える」そうです。

こうした確実な技術があるからこその、8割、9割という数字なのです。

実際に、他では開腹手術になるケースが、東海大学では腹腔鏡で手術できるケースも多いといいます。そのため、腹腔鏡手術の可能性を求めて、訪ねてくる患者さんも多いのです。

[腎がんT1a(腫瘍径が4cm以下)症例に対する腎部分切除術の術式選択]
図:腎がんT1a(腫瘍径が4cm以下)症例に対する腎部分切除術の術式選択

(東海大学2002,4~2009,12)

腎がんの腹腔鏡手術
術後3~4日で退院

寺地さんが東海大学に着任した2002年から昨年までの腹腔鏡手術の件数を見てみると、前立腺と根治的腎摘出を筆頭に、年々、腹腔鏡手術が増加しています。腎がん手術の内訳をみると、7センチまで(T1)のがんはほとんどが腹腔鏡手術で行われています。

[泌尿器がんの術式別年次推移(東海大学)]
図:泌尿器がんの術式別年次推移(東海大学)
[腎がん病期別の術式選択]
図:腎がん病期別の術式選択

驚くのは、出血量の違いです。開腹手術の場合は、少なくても300cc以上、多くなると2000ccを超える出血がありますが、腹腔鏡手術では数10cc程度。

「輸血の必要はほとんどありません」と寺地さんは語っています。あとでお話するようにこの差は大きいのです。

[腎がん術式別の出血量(平均値)]
図:腎がん術式別の出血量(平均値)

さらに、傷の大きさも大きな違いです。

「開腹手術だと肋骨を切って20センチぐらい切開します。傷痕も大きいし、1カ月ぐらいはどうしようもありません。腹腔鏡手術の場合も、最後に切除した腎臓を取り出すために4~5センチの切開を入れますが、ここではマッスルスプリットといって、3層ある筋肉を切らずに分けて取り出しています。だから、痛みも全然違うのです。腹腔鏡の場合、入院して術後3~4日で退院、私なら1週間後には仕事をしているでしょうね」

と寺地さんはその違いを語っています。

炎症の数値も低いので、癒着が少なく、将来、開腹手術が必要になったときにも、手術がスムーズに行えるのです。術後の合併症も腹腔鏡のほうが少ない傾向が現れています。

といっても、無理をして腹腔鏡手術に固執するのではなく、必要に応じて腹腔鏡手術から開腹手術に変更することもあります。これまで東海大学では、腹腔鏡で腎臓の全摘術を受けた273人中、5人が途中で開腹手術に変更になっています。


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