腎がんは全摘手術から機能温存へ。問題は機器の認可
体に優しい腎がんの凍結療法
京都府立医科大学
泌尿器科講師の
鴨井和実さん
全摘手術から機能温存を重視した温存術へと移り変わってきた腎がんの治療法。
なかでも期待がかかるのが腎がんを凍らせて死滅させる凍結療法。
出血を抑えるなど、合併症が少なく、再発する頻度も少ない。
小さな腎がんの治療の変遷
腎がんの病期は、がんの大きさと周辺組織への広がり、さらにリンパ節や他の臓器への転移の有無によって判定される。がんの大きさでいえば直径4センチと7センチに区切りがあり、がんの直径が「4センチ以下」「4~7センチ」「7センチ以上」とに分けられ、「小さな腎がん」とは「4センチ以下」のものをいう。
「従来、この小さな腎がんは腎臓を全部取るのが唯一の治療法でした。それが欧米では1980年代後半、日本では1990年代からがんを含む腎臓の一部分だけを取り、あとは残す手術が始められました。現在ではこの腎臓を温存する手術が盛んに行われるようになっています」
京都府立医科大学泌尿器科講師の鴨井和実さんは、小さな腎がんの治療の変遷をこのように説明する。
「これに対して、腎臓を温存してもがんが再発したら意味がないので、腎臓をすべて取る全摘手術がいいという意見もあります。一方の腎臓に小さながんができ、もう一方の腎臓は健康という場合には、腎臓を全摘すべきか温存すべきか、まだ議論がされています」
ところが最近では、この場合も、腎臓を温存したほうがよいという流れになってきた、と鴨井さんは指摘する。それは部分切除をしてもがんを十分に制御することができることが証明されてきたからだ。
とくに4センチ以下の小さな腎がんが腎臓の中で再発する頻度は低く、それが命取りになるということはあまりないことがわかってきた。がんの制御が同じなら腎機能を保つ治療法が選ばれるべきという傾向が強くなってきたわけだ。
「小さな腎がんに対する治療は進んできています。1990年代までは、腎臓を丸ごと切除していました。そのため腎臓がもう片方の1つだけになり、腎機能低下が大きな問題でした。次に90年代前半には、開腹して部分切除する腎温存手術が主流になりました。そして90年代後半から、患者さんの体に負担の少ない内視鏡下での腎温存手術、さらに腎機能を守り、合併症も少ない腎凍結療法やラジオ波焼灼療法(*)などの経皮的局所療法も注目されるようになってきました」
*ラジオ波焼灼療法=超音波で観察しながら、がんに電極を挿入し、ラジオ波で焼き、がんを壊死させる治療法
- 1. 腎摘除術(~1990年代)
- ■単腎症例や腎機能低下症例で問題
- 2. 腎温存手術(1990年代前半~)
- ■標準的治療(開腹手術が主流)
- ■依存疾患を有する高齢者に対する治療が問題
- 3. 非侵襲的腎温存手術(1990年代後半~)
- ■鏡視下部分切除術
- ●開腹手術と同等の予後
- ●腎血管阻血時間を最小限にする技術が必要
- ■アブレーション治療(腎凍結療法やラジオ波焼灼療法等)
- ●合併症が少ない
- ●腎機能の温存にすぐれている
- ●短期間で回復
- ※長期予後の検討がない
腎部分切除術の実際と開腹しない腎温存術
腎臓の部分切除術はどのように行われるのだろうか。またどんな問題があるのだろうか。
まず、基本的には開腹を行い、執刀医が腎臓をじかに見て周囲の正常な部分を含めがんを切除する。切り取った部分は欠損するので、露出した血管、もし尿路が開いてしまったら尿路、そして切除面を縫いあわせて腹部を閉じる。
「腎臓は血管のとても多い臓器。部分切除の場合には腎臓に入る血管を一時的に遮断(阻血)しなければ切除中に大出血してしまいます。ただいつまでも腎血流を止めていると腎組織が障害され、その際に出る有害物質のために腎臓の働きが低下してしまいます」
出血を抑え、腎臓の損傷を防ぐため利尿剤の投与や氷での冷却など工夫が重ねられてきた。とはいえ時間制限の壁がある。目標は30分。阻血時間に比例して腎機能は低下し、実際には30分以内ならその後の腎機能への影響は少ないことがわかっている。
「理想的には血流を遮断しないのが最も腎臓にやさしい方法です。とはいえ、まったく血流を遮断しないのは技術的に無理。むしろ血流を遮断しなければ大出血が懸念され、体に対する影響が甚大です」
これに対して、開腹せずに内視鏡を用いて行う「鏡視下部分切除術」はどうか。
「鏡視下手術では切開が小さいので術後の回復が早い、出血量が少ないといったメリットがあります。血管を止め、縫って血流を再開させるというやり方は開腹手術でも鏡視下手術でも同じ。あとの腎機能もそう変わりません。鏡視下腎部分切除術は1990年代後半から行われるようになり、当教室でも100人以上の症例を経験しています」
ラジオ波焼灼療法や凍結療法などの経皮的局所療法は、超音波やCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(核磁気共鳴画像法)の画像でがんの位置を確認し、体表からプローブと呼ばれる注射針のようなものを病巣部に刺し込んで、がん細胞を凍結させたり、電流で焼いて死滅させる。ラジオ波焼灼療法はとくに肝臓がん治療に対して広まり、その有用性が多数報告されているが、泌尿器の分野でも実績を上げてきている。
腎凍結療法とは?
どんな人が受けるのか?
また同時期の1995年、京都府立医科大学泌尿器科学教室が世界で初めて試みたのが腎がんの凍結療法だ。背中からプローブを直接入れて、超音波で見ながら腎臓の病変部分を凍らせるというものだ。
「まず超音波などで腎臓にあるがんを確認しながら、がんの中心に向かって適切な深さまでプローブを刺し込み、アルゴンガスの気化熱(液体が気体に変わるために必要な熱。まわりの熱が奪われ急速な冷却が起こる)を利用してがんの周囲5ミリ~1センチまでを凍らせます。それ以上広く凍らせると正常細胞への影響が出てくるので1センチを超えないようにします。1度凍らせてからヘリウムガスを用いて溶かし、再度凍結します。動物実験データなどから2度の凍結を行うと確実にがん細胞を殺せることがわかっています」
この凍結療法は、腎臓が1つしかない単腎症例、糖尿病性腎症や動脈硬化、そのほかさまざまな理由で腎機能が低下している場合に選択される治療法で、「私が知るケースで多いのは、腎臓を全摘した経験のある人がもう一方の腎臓に小さながんが出てきた場合です。がんが小さいうちに見つかれば腎臓を温存でき、透析にならずに手術をすることができます」と鴨井さんは言う。
凍結療法が適応される場合はまず「小さながん」「いろいろな事情で部分切除が困難」なケース。がんが大きい場合、凍結療法は適応にならない。
「腎臓は長径が10~12センチ程度の臓器。腎臓の働きを残そうと思えば正常な部分がある程度必要です。
- 凍結療法が適応となる場合
- ●単腎症例(腎臓が1つしかない)
●糖尿病性腎症
●動脈硬化など、さまざまな理由で腎機能が低下している場合
●5センチまでの腎がん - 凍結療法が適応にならない場合
- ●動脈、静脈のそばにがんがある場合
●腹側にある場合や、深い部分にがんがあり、プローブが届かないような場合
●5センチ以上のがん
がんの大きさより1センチの範囲を超えて凍らせますから、7センチのがんだとしたら9センチ周囲を凍らせることになるので、腎機能はほとんどなくなります。腎臓の正常部分が少ないのであれば温存治療のメリットはなくなります。そのうえ術後の再発などを考えると、片方にまだ腎臓がある人は全摘のほうがいい。その区切りが4センチ、大きくても5センチということです」
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