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傷口が小さく負担が少ない
腹腔鏡による腎がんの部分切除

監修:寺地敏郎 東海大学医学部泌尿器科教授
取材・文:松沢実
発行:2005年2月
更新:2013年4月

  
寺地敏郎さん
東海大学医学部泌尿器科教授の
寺地敏郎さん

腎がんは抗がん剤や放射線治療がほとんど効かず、治療の主体は外科治療だ。

手術は病期にかかわらず、摘出できる場合は腎臓を摘出するか部分的に切除する。

しかし、腹部を大きく切って手術するため、患者には大きな負担となる。

こうした負担を軽減しようと考案されたのが腹腔鏡による腎がん部分切除術だ。

この手術は内視鏡を腹部から挿入して腫瘍を切除するため、傷が目立たず、術後早くに退院できるなど、社会復帰へのメリットが非常に大きい。

日本におけるこの手術のパイオニアである東海大学医学部泌尿器科教授の寺地敏郎さんを訪ねた。


東海大学医学部付属病院
〒259-1193 神奈川県伊勢原市望星台 TEL0463-93-1121

短期間の入院治療で予後も良好

写真:腹腔鏡による 手術の様子
腹腔鏡による 手術の様子

腎臓の温存を目的とした腹腔鏡手術による腎がん部分切除術が大きな注目を集めている。腫瘍のみを摘出し、可能な限り正常腎組織を残すから、患者の生活の質(QOL)の低下は最小限にとどめられる。かつ、お腹を大きく切り開く代わりにわずかな穴を開けるだけですむから、患者の肉体的負担は非常に小さい。これまで標準治療とされていた開腹による腎臓全摘手術と比べ、がんを告知される前と変わらない日常生活が送れる画期的な治療法だ。この治療を受けた患者の例を紹介しよう。

山田謙一さん(仮名)が市の健康診断で腎がんを発見されたのは62歳のときだ。左の腎臓に見つかった腫瘍は1つで、直径約3.2センチの病期1期の早期がんだった。

腎臓は背骨を挟み、腰のやや上のほうに左右それぞれ1つずつ、計2個存在する握りこぶし大の臓器だ。大動脈から腎動脈を経て流れこんでくる血液を濾過し、老廃物を除去したうえで腎静脈から下大静脈へ送り出す等の役割を果たしている。

山田さんの腎がんは腎動脈や腎静脈、尿管が集まる腎門部に隣接し、腫瘍のみを部分切除するには難しいところに存在していた。通常ならお腹を開腹する方法で切除するのだが、わが国の腎がん腹腔鏡手術の第一人者である寺地敏郎さん(東海大学医学部泌尿器科教授)の執刀による腹腔鏡部分切除を受けた。

山田さんに対する腹腔鏡手術に要した時間は3時間37分で、出血量は85グラムだった。術後の腎機能の低下はごくわずかで、スムーズに10日後に退院できた。仮に開腹手術で腎臓を全摘していたら、もう片方の腎臓に大きな負担がかかり、入院期間も20日近くに達していただろう。これまでと同じように2つの腎臓の機能が維持され、早期の社会復帰が可能となったのは、腹腔鏡による部分切除を受けられたことが大きい。すでに山田さんは腹腔鏡による腎部分切除を受けてから5年以上経過しているが、腎機能は正常に維持され、再発の兆候はまったく見られず元気に過ごしている。

対象を見極めれば部分切除でも再発リスクは変わらない

腎臓の温存を可能とした腹腔鏡による腎がん部分切除は、腎がん手術における全摘術から部分切除への発展と、開腹手術から腹腔鏡手術への発展の2つが重ね合わさって実現したものだ。

もともと腎がんの腎全摘術は1960年代後半から始められた。まず腎臓の血管(腎動脈・腎静脈)を先に縛ったうえで、がんに犯された腎臓をその周囲の脂肪組織や副腎等をつけたまま一括して摘出する。そのため、血流にのってがん細胞が全身に流れたり、周辺にがん細胞が飛び散ったりすることがないもっとも安全・確実な方法として確立されてきた。

「なによりもがんの発生した腎臓を丸ごと切除してしまうため、そこから局所再発することはありません。治療成績も良好で、腫瘍のサイズが4センチ以下のものは5年生存率99パーセント以上、7センチ以下のものは5年生存率90パーセントという優れた実績をあげています」(寺地さん)

一方、腎臓を温存する腎部分切除術は、がん病巣とその周辺に一定の安全域を設けて切除し、可能な限り正常な腎組織と機能を残す方法だ。当初は片方の腎臓が事故で損傷していたり、その機能が低下していたりする等の理由から、がんに犯された側の腎臓を丸ごと切除すると人工透析を受けねばならない患者が対象で、QOLの低下を回避するための次善の策として始められた。ただし、腎がんは画像検査で発見された腫瘍が1個のみでも、その周辺の一見正常と思われるところにも検査で見つからない小さながん(衛星病変)が隠れていることもある。直径4センチ以上のサイズの腫瘍はそのうち約10~20パーセントに衛星病変が認められるという報告もあり、腎部分切除を受けた場合、衛星病変から再発する可能性もあるリスクの大きな手術と考えられていた。

「しかし、アメリカの臨床試験で327人の腎がん患者に部分切除を行ったところ、腫瘍のサイズが4センチ以下の場合、残した腎臓の衛星病変からの再発(局所再発)が皆無だったことから、もう片方の腎臓が正常な患者にも部分切除による腎臓の温存を積極的に試みるようになりました。ほかに肺や骨などへ遠隔転移した患者は4.4パーセント認められましたが、これは恐らく腫瘍そのものの悪性度が高いためによるもので、腎臓を全摘したとしても免れず、部分切除とあまり関係ないだろうと結論づけられたのです」(寺地さん)

現在、腫瘍のサイズが4センチ以下で、画像検査等で部分切除が可能と考えられる腎がんは、腎部分切除術の対象とされている。

腎がんは早期に症状が現れにくく、かつては初診時に進行がんと診断を下される患者が5割を占めていた。しかし、最近は腹部の超音波検査等が普及し、健康診断や他の病気の検査中に発見されることが増え、いまは初診時に腫瘍が腎臓にとどまる早期腎がんの患者が7~8割にのぼり、腎部分切除の対象者は急増している。

一番のメリットは傷口が小さく回復が早いこと

写真:モニターを見ながら手術する様子
写真:モニターを見ながら手術する様子

腹部に開けた穴より手術器具を入れ、モニターを見ながら腫瘍を切除する

日本における腎がんの腹腔鏡手術が試みられるようになったのは1991年からだ。そもそも腹腔鏡手術は1980年代後半、フランスにおける胆のう摘出術から始まり、その後、婦人科や泌尿器科など他の治療分野にも広がっていった。寺地さんは91年に日本で腎がんの腹腔鏡手術を始めたパイオニアの1人だ。

「腎がんの腹腔鏡手術はお腹に直径5~15ミリの穴3~5個をあけ、まず炭酸ガスを注入して腹部を膨らませます。そして、カメラやメス、鉗子、ハサミなどを体内に挿入し、モニターに映し出された患部を見ながら手術する方法です」(寺地さん)

腹腔鏡で患部がモニター上に拡大されて映し出されるため、腎臓に発生した腫瘍と正常な腎組織を正確に選り分けて切除することができる。腫瘍の切除後はがん細胞がこぼれ落ちないように袋(臓器摘出ポーチ)の中に入れる。取り出す病巣が大きいときは皮膚を4~5センチ切り、その穴から取り出す。

「従来の開腹手術は腹部や横腹を大きく約20~30センチ切り開くため、肋間神経や筋肉などを傷めました。長いこと傷の痛みに苦しみ、社会復帰に時間を要する患者さんもたくさんいましたが、腹腔鏡手術は傷跡が小さいので術後の回復も非常に早く、短時日に社会復帰できるという大きな利点があります」(寺地さん)

現在、腎がんの腹腔鏡手術の対象は7センチ以下の腫瘍だが、切除範囲が小さいうえに体内から取り出す際も小さな穴ですむ部分切除の可能な4センチ以下の早期腎がんは腹腔鏡手術の格好の対象といえるだろう。

[腎がんの腹腔鏡による切除と開腹による切除の対比]

  手術時間
(分)
出血量
(ml)
阻血時間
(分)
ベッドに
いた日数
(日)
痛み止めを
要した日数
(日)
入院日数
(分)
血清
クレアチ
ニン値
合併症
腹腔鏡手術 190.7 97.2 50.8 1.6 1.43 10.2 0.10 無し
開腹手術 184.0 613.1 15.2 4.2 3.6 15.2 0.16 無し
*血清クレアチニン値=腎機能の指標となる値。正常値は男性で0.8~1.2mg/dl、女性で0.6~0.9mg/dl。


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