X線治療の難しい、リスクの高い症例にも適応
Ⅲ期非小細胞肺がんで、根治性の確保を可能とする陽子線治療
SBRT(体幹部定位放射線治療)、重粒子線治療と並んで注目されているのが陽子線治療。陽子線治療のメリットは、SBRTに比べて線量集中性が優れるため副作用を少なく出来ること、また重粒子線治療では適応となっていないⅢ期の肺がんにも条件つきながら対応している点である。陽子線治療の現状について専門医に聞いた。
肺がんの陽子線治療は早期がんから始まった
国立がん研究センター東病院では、肺がんの陽子線治療は早期の非小細胞肺がん(NSCLC)を対象に始まった。リンパ節転移のないⅠ期、Ⅱ期の比較的小さながんで、肺の末梢部にあることが条件になっていた。
なぜこのようながんが対象となったのかについて、同病院放射線治療科長の秋元哲夫さんは、次のように説明してくれた。
「標準治療は手術ですが、このような早期がんに対しては、ピンポイントでX線を集中させるSBRT(体幹部定位放射線治療)も行われています。このX線治療の代わりに、より線量集中性に優れる陽子線治療が行われてきたわけです」
SBRTや粒子線治療は手術とほぼ同等の治療成績が期待できるが、陽子線や重粒子線などの粒子線治療では、SBRTより線量集中性が優れるため副作用を少なく出来るメリットがある。
「X線は体を突き抜ける性質があるので、体内のがんに向けて照射すると、その手前にも奥にも当たってしまいます。多方向から照射して放射線をがんに集中させても、周囲の正常組織に影響を及ぼしてしまうのです。その点、陽子線などの粒子線は、体内のある深さで止め、そこで大きなエネルギーを放出することができます」(図1)
こうした性質があるため、粒子線の治療では、がんに線量を集中させることができ、周囲の正常組織への影響を最小限に抑えることができるのだという。
高齢などで手術不適応の人に陽子線治療は存在価値がある
陽子線治療は、がんに放射線を集中させる点では優れているが、治療成績はSBRTや手術と変わらない。
「がんが3㎝以下のT1については、手術でも、SBRTでも、陽子線治療でも、2年局所制御率は80%前後で、有意な差はありません。局所をしっかり治療しても、再発してくる難しい症例が、20%程度はあるということです」
治療成績では差がつかないが、副作用はSBRTより陽子線治療のほうが起きにくいことがわかっている。
「正常な肺に放射線がかかると、放射性肺臓炎が起こることがあります。まれに死亡する人もいるほど重篤になることがある副作用です。同じ大きさのがんを治療したときに起きる放射性肺臓炎の頻度は、X線による治療より、陽子線などの粒子線治療のほうが低いことがわかっています。
つまり、治療成績は変わりませんが、副作用が少なくて同等の治療成績が得られるということで、陽子線治療にアドバンテージがあると言えます」
手術との比較では、陽子線治療やSBRTには、手術が適応とならない患者さんも治療できるというメリットがある。
「高齢であったり、もともと呼吸機能が低下していたりして、手術が適応にならない患者さんがいます。このような人たちも、放射線治療があることで、根治的治療をあきらめずに済むのです」
手術ができないⅢ期の治療で陽子線の特徴が活かされる
肺がんの陽子線治療は、3年ほど前からはⅢ期も対象になっている。
「Ⅲ期の中でも、縦隔リンパ節転移を伴うために手術ができない局所進行肺がんです。化学療法と放射線療法を併用する化学放射線療法が、標準治療となっています。この治療の放射線療法の部分を、陽子線治療に変えた治療が行われています」
X腺による治療と陽子線治療では、正常組織にかかる放射線量が大きく違ってくる。縦隔の真後ろに脊髄があることが、X腺の治療では大きな問題となる。
「縦隔に対してX腺を前後から照射すると、どうしても脊髄にも当たってしまいます。脊髄は40~50Gy(グレイ)程度の放射線にしか耐えられませんが、がんの治療には60Gy以上が必要です。
そこで、縦隔リンパ節に照射するときには、前後からの照射は脊髄が耐えられる範囲で止め、残りは脊髄を外して斜めの方向から照射します。しかし、そうすると正常な肺にX腺が当たってしまうのです。
その点、陽子線治療では、脊髄に放射線がかかるのを大幅に減らせますし、正常な肺にかかる放射線も最小限にすることができます」
陽子線は体内のある深さで止められるので、体の前後からの照射でも、脊髄にかかる線量を低く抑えることができる。また、斜めから照射する必要もないため、正常な肺にも影響を与えずにすむのである。
「脊髄に耐容線量以上の放射線が当たると、麻痺など重篤な副作用が出ることがあります。また、正常な肺に当たれば、肺臓炎のリスクが高まります。こうした副作用を回避するため、放射線治療を断念せざるを得ないケースもあります。そのような場合でも、粒子線治療なら行える場合が少なくありません」
放射線治療が行えず、化学療法だけ行った場合、生存期間中央値は1年未満で、5年生存率は2~3%である。ところが、化学療法と陽子線治療を併用すると、根治的治療を行った場合とほぼ同様の5年生存率が期待できる。これは、Ⅲ期で化学放射線療法を受けられた場合の5年生存率と同等だという。
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