効果が期待できる薬を順番に使う
低コストで安全かつ効果的な進行前立腺がんの順次薬物療法
超高齢化社会において急増する国民医療費は大きな問題だ。進行前立腺がんに対する「順次薬物療法」は、日本人にとって有効で安全であるだけでなく、コストも考慮した新しい治療法。どのように薬を選択していくのか、その方法について専門医に聞いた。
治療効果と安全性に加え、コストも考慮する
高齢者に多く発症する前立腺がんは、高齢化が進む現在、増加の一途をたどっている。その一方で、日本の就労人口は減少し、増え続ける国民医療費が国の財政を圧迫する状況になっている。そういう状況で、前立腺がんの新しい薬が3種類登場した。いずれも効果は優れているが、価格は高い。1カ月間治療した場合、薬剤費だけで40~60万円程度になるという。
東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学分野准教授の藤井靖久さんは、次のように指摘する。
「治療の選択には、『効果が高いこと』と『安全であること』が重視されますが、時代状況を考えれば、それに加えて『コストが許容できること』も考慮すべきだと思います。ところが、現在の治療ガイドラインではコストを考えていません。権威あるEAU(欧州泌尿器科学会)のガイドラインには、コストのことはほとんど書かれていませんし、ASCO(米国臨床腫瘍学会)のガイドラインには、コストについては考慮しないと明記されています。実臨床の場で、前立腺がんの治療を行うのであれば、それでいいとは思えません」
薬物療法が行われる進行前立腺がんの治療では、どのように薬を選択していくのが合理的なのだろうか。効果と安全性とコストを考慮した治療戦略として、東京医科歯科大学腎泌尿器外科では、順次的に行う薬物治療(順次薬物療法)の研究が進められてきた。
遅延CABは日本では6割以上の人に効果あり
転移がある進行前立腺がんでは、ホルモン療法が行われる。まず行われるのが、精巣からのアンドロゲン(男性ホルモン)分泌を抑えるLH-RH製剤による治療である。内科的去勢治療とも呼ばれている。
アンドロゲンは精巣だけでなく、副腎からもわずかに分泌されている。これに対しては抗アンドロゲン薬が使われる。アンドロゲンが前立腺がんの細胞に作用するのをブロック(遮断)する薬である。
「転移のある進行前立腺がんに対し、日本では一般的に、この2種類を併用するCAB(複合アンドロゲン阻害療法)が行われることが多いです」
ホルモン療法は、進行前立腺がんに対して、最初は、ほとんどすべての患者さんに有効であるが、経過中にだんだんと効かなくなってくる。この状態は去勢抵抗性前立腺がんと呼ばれ、前立腺がん治療の大きな課題となっている。
「東京医科歯科大学では、効果が期待できる薬剤を順番に使っていく順次薬物療法を行っています」
3種類の新規薬剤が登場するまでは、❶LH-RH製剤、❷抗アンドロゲン薬の追加、❸抗アンドロゲン薬の変更、❹女性ホルモン薬、❺*タキソテール、という順番で薬物療法が行われていた。
最初からCABは行わず、LH-RH製剤だけでがんを抑えられなくなってから、抗アンドロゲン薬を追加する。これを遅延CABと呼んでいる。
「転移がない場合やリンパ節転移だけの場合は、最初からCABを行うことで生存期間が延びると報告されていますが、骨などへの転移がある場合は、CABでもLH-RH製剤単独でも差がないというデータが出ています。最初の治療はLH-RH製剤単独でも生存率は変わらず、副作用もコストも抑えられるわけです」
遅延CABに関して、欧米では、効果が低いというデータが出ている。LH-RH製剤で抑えられなくなった前立腺がんに、抗アンドロゲン薬を追加しても、奏効する(PSA[前立腺特異抗原]値が半分以下に下がる)人は20~40%程度だというのである。しかし、日本ではもっとよい結果が出ている。
「東京医科歯科大学では、遅延CABを受けた患者さんの66%で、PSA値が半分以下に低下しています(図1)。また、札幌医大でも、遅延CABが62%の人に奏効したというデータを出しています」
欧米のデータと差があるのは、人種による違いが影響している可能性があるという。ハワイの日系人と白人を比較した研究では、同じホルモン療法を行っても、日系人のほうが生存率が高いという結果が出ている(図2)。また、カリフォルニア州に住んでいる白人とアジア系の人たちの前立腺がん死亡率を調べたデータでも、アジア系は低いという結果が出ている。
*タキソテール=一般名ドセタキセル
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