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口腔ケアでがん転移抑制の可能性も! 虫歯菌による血管炎症で血栓症・がん転移が増える

監修●樋田京子 北海道大学大学院歯学研究院教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2024年4月
更新:2024年4月

  

「ミュータンス菌によって血管内皮細胞が炎症を起こしていれば、血栓ができやすくなり、血栓ができたら、そこにがん細胞がくっつきやすくなって、がんの転移が増加するということが明らかになりました」と語る樋田さん

ヒトの口腔内には約800種の細菌がいると言われています。その中のひとつ、虫歯の原因となる口腔内細菌のミュータンス菌。これが血管に入りこんで体内に循環すると、血管内に炎症をもたらし、がんの転移や血栓症を増加させることが明らかになりました。

がんの転移を防ぐためにも、がん患者さんの死亡原因第2位を占める血栓症を防ぐためにも、きちんとがん患者さんの口腔ケアを行っておくことが大切です。今回は、がんの転移や血栓症について研究を行った北海道大学大学院歯学研究院教授の樋田京子さんにお伺いしました。

ミュータンス菌による血管炎症ががんの転移を促進

がんの転移や血栓症に、口腔内にいる細菌が関係していることを明らかにした研究があります。口腔内を清潔に保つことが、がんの転移や血栓症を予防するのに役立つ可能性があることを示した興味深い研究です。

研究を行ったのは、北海道大学大学院歯学研究院教授の樋田京子さんらの研究グループ。2022年と2023年に論文が発表されているので、論文の著者である樋田京子さんからその研究についてお伺いしました。

2022年に発表された論文は、『口腔内細菌ストレプトコッカス ミュータンスは、血管炎症を誘発し転移を促進する』と題するもので、『Cancer Science』という腫瘍学の専門誌に発表されています。

口腔内細菌について、樋田さんは、次のように説明してくれました。

「ストレプトコッカス ミュータンス(Streptococcus mutans)は、口腔内に最も多くいるう蝕(うしょく)原因菌、わかりやすく言えば虫歯の原因となる細菌です。一般にはミュータンス菌と呼ばれています。この菌は虫歯の原因になるだけでなく、血液内に入って全身を循環し、離れた臓器で血管の炎症を起こすことが知られています」

ミュータンス菌のような口腔内細菌が血液内に侵入することは、以前からよく知られていたそうです。

「歯石を取るスケーリングという治療や抜歯など、出血を伴う歯の治療を行ったときには、口腔内細菌が血液に入ることがあります。また、深い歯周ポケットがある場合には、その内側の炎症を起こした部位から細菌が血管内に入ってしまいます。こういったことはよく起こりますが、私たちの体には免疫機能が備わっているので、血液内に口腔内細菌が入ったとしても、とくに問題は起きません。ただ、免疫が低下した状態ですと重篤な症状を引き起こす危険性があります。そこで、たとえば造血幹細胞移植などで免疫を抑制するような患者さんは、移植の前に虫歯や歯周病の治療を行って、口腔内細菌が血管内に入りにくい状態にしておくことが、以前から行われていました」

そうした口腔ケアが行われることからも、口腔内細菌が血管内に入ることはよく知られている事実だったわけです。また、血管内に入ったミュータンス菌が血管に炎症を起こすことも、近年の研究で明らかになっていたといいます。循環器医療の領域では、そうした血管の炎症が循環器病の引き金になるとして注目されていました。

一方、がん医療の領域では、血管内皮細胞が炎症を起こすと、血管の透過性・接着性が増して、がんの転移が起きやすくなることが明らかになっていました。

「ひとつは、血管内に細菌が入ると血管に炎症が起こること。もうひとつは、血管に炎症性変化が起きると、がんの転移が起こりやすくなること。こうしたふたつの既知の事実をつないだのが、今回の研究なのです」

樋田さんらの研究グループは、ミュータンス菌によって血管内皮細胞にどのような変化が起きているのかを、まず試験管レベルの実験で明らかにしました。

血管内皮細胞では、炎症性サイトカインであるIL-6が増えており、さらに細胞間接着分子であるICAM-1(アイキャム・ワン)の発現が過剰になっていました。

「血管内皮細胞というのは、血管の最も内側を覆っている1層の細胞です。ミュータンス菌により血管が炎症を起こすと、その部分の血管内皮細胞の表面に、ICAM-1という接着分子が出てきます。このICAM-1があると血液中を流れている細胞がくっつきやすくなるので、がん細胞が循環している場合には、がん細胞が血管壁に接着しやすくなります」

また、炎症を起こした血管内皮細胞では、血管内皮細胞間接着分子の「VE-カドヘリン」の発現が低下しているという変化も見られました。

「VE-カドヘリンは、血管内皮細胞同士をくっつけている接着分子ですが、炎症性変化によって発現が低下してしまいます。そうなると、しっかり接着していた内皮細胞の間が緩んで、血管内皮の透過性が亢進してしまうのです」

血管内をがん細胞が循環していた場合、発現が過剰になったICAM-1の働きで、がん細胞が血管に接着しやすくなります。そして、そのがん細胞が、VE-カドヘリンの発現低下によって緩くなった血管内皮細胞を通り抜けるため、転移が起こりやすくなるのです。

「体のどこかにがんができていれば、血流に乗ってがん細胞は全身を循環しています。がんの手術後も、48時間くらいは循環していることが知られています。そういったがん細胞が、たとえば肺の血管に接着すると、そこに転移しやすくなるわけです」(図1)

マウスを使った動物実験も行われました。マウスの静脈内にミュータンス菌を投与して循環させ、肺における血管炎症の状態や、肺血管の透過性がどのように変化するかを調べたのです。その結果、ミュータンス菌が血液中を循環している状態では、肺血管に炎症性変化が起こり、血管の透過性が増して、がん細胞の肺転移が増加することが明らかになりました。それにより、がん患者さんの口腔内の衛生状態を良好に保つことが、がんの転移予防に役立つと示唆されたわけです。

「これまでも北海道大学病院では、がんの手術を受ける患者さんに対して、がん種を問わず、歯科医師が口腔ケアを行ってきました。その主な目的は誤嚥性肺炎を防ぐためです。術後しばらく仰向けで寝ているときに、口腔内の衛生状態がよくないと、唾液と共に口腔内細菌が気管から肺に入って誤嚥性肺炎を起こすことがあります。それを防ぐための口腔ケアですが、がんの転移を予防するのにも役立つことが今回の研究でわかってきたのです」

手術の前に口腔ケアを行なうと、術後に13%もあった肺炎が4.6%にまで減ったというデータもあります。

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