• rate

男性不妊研究の最前線 ヒトの精子形成応用に期待 精子形成不全マウスの精巣組織から、培養下で精子を産生

監修●小川毅彦 横浜市立大学医学群分子生命医科学系列(生命医科学)教授
取材・文●伊波達也
発行:2014年1月
更新:2019年9月

  

「ヒトの精子形成がゴール」と
話す小川毅彦さん

男性がん患者さんでは、治療やがんそのものによって不妊となることもある。とりわけ、子どもを持つことを夢見る若年層のがん患者さんにとって、不妊は深刻な問題だ。今回の特集にある泌尿器がん、とくに精巣腫瘍においては不妊リスクがあるが、そのような患者さんにとって小さいながら光が見えつつある。

がんと不妊症

図1 WHOによる不妊原因調査

出典:世界保健機関(1996年)

不妊症とは、結婚して避妊をせずに夫婦生活を営んでいながら2年以上妊娠をしない場合を言う。WHO(世界保健機関)が行った不妊の原因調査では、女性のみに原因ある41%、男性のみに原因がある24%、男女ともに原因がある24%、原因不明が11%と報告されている(図1)。

この調査結果から、男性に原因がある割合は48%となり、不妊の約半分は男性に原因があることになる。

不妊症の中でも、男性側に原因があるものを男性不妊症と言う。男性不妊症の原因には、遺伝的なものから身体的なものや年齢、ホルモン、疾病、環境、生活スタイルなど、様々な要因が挙げられ、とくに、造精機能障害が全体の70~80%を占めると言う(図2)。

図2 男性不妊症の要因

男性不妊症に影響を及ぼすがんには、精巣腫瘍、前立腺がん、膀胱がん、血液がんなどがある。

また、化学療法や放射線療法といったがん治療も影響を及ぼすことがある。例えば、脳や精巣などのホルモンを司る近辺への放射線照射、アルキル化薬による化学療法、前立腺や膀胱がんの根治手術などによって男性の妊孕性を損なうことがあるという。

もし、子どもを作る予定があり不妊症が心配な場合には、治療前に精子を採取・凍結保存して、顕微授精というガラス針で精子を卵子に注入して授精させる方法により子宝を授かることも可能なので、主治医と相談するといいだろう。

妊孕性=妊娠のしやすさ 停留精巣=陰のう内に精巣(睾丸)がない状態 逆行性射精=精液が陰茎から放出されず、逆方向の膀胱に流れこんでしまう状態

男性不妊で深刻なのは非閉塞性無精子症

男性不妊症の検査には、尿検査、精液検査、超音波検査、血液検査などがあるが、精液検査から①無精液症(精液が出ない状態)②無精子症(精液中に精子が認められない)③乏精子症(精液中の精子数が少ない)④精子無力症(精子の運動率が低い)に分類される。

男性不妊症の原因の中で、注意しなければならないのは無精子症だ。これは精子がない、産生されないという病気だ。

無精子症は、閉塞性と非閉塞性に分けられる。閉塞性とは、精巣で精子は作られているものの、精子の通り道である精巣輸出管・精巣上体管・精管・射精管などが、泌尿器系の既往症や手術の後遺症など何らかの原因で詰まり、精子の流れが妨げられ射精できない状態になったものだ。無精子症のうちの約1割がこの症状となる。

一方、非閉塞性は様々な原因により、精子自体が産生されていないものを言い、約9割を占める。

閉塞性であれば、手術によって精子の詰まりの原因を除去すれば、精子は流れるようになり症状は改善する。ところが、非閉塞性は、治療が難しいと言われる。性染色体の異常、ホルモン異常などが原因の場合もあるが、多くの場合は原因すらわかっていないのが現状だ。

精巣を切ってわずかでも精子がないかどうかを探す、TESE(精巣精子採取法)という生検法もある。これで、もしわずかでも精子が見つかれば、顕微授精が可能だ。しかし、まったく精子が見つからなければ、子どもを作ることは望めない。

マウス精子を体外で産生・受精に成功

そんな男性不妊症を克服できる可能性を、将来、提供するかもしれない画期的な研究報告がある。

2011年3月に英国の科学誌『Nature』に報告された、『培養下での精子形成法の開発』という研究だ。研究代表者である横浜市立大学医学群分子生命医科学系列(生命医科学)教授の小川毅彦さんはこう説明する。

「この研究は、マウスを使い、通常は精巣の中で作られる精子を体外で作り出したものです。精子の元である精子幹細胞を取り出し、培養皿の上で体内と同じ環境を作り、精子幹細胞から細胞分裂が起こり精子になるまで培養することに成功した研究です」(図3)

図3 実験方法の概略

研究では、まず、精子形成の進行をモニタリングするため、GFP(光を当てると緑色に蛍光を発するタンパク質)を持った(トランスジェニック)マウスから精子幹細胞を取り出す。

次に仔マウスから取り出した精巣の精細管内に、精子幹細胞を注入移植(体外移植)し、その精巣組織片を培養した。その結果、生体内と同様のタイミングでGFPの発現が観察され、精巣内には精子細胞および精子の形成が確認された(図4・5)。

図4 培養した精巣組織片内で、GFPを発現する培養された精子幹細胞
図5 培養された精子幹細胞から作られた円形精子細胞(左)と精子

さらに、形成された精子を用いて体外受精によって交配し、産仔にも成功した。また、精子産生不全の不妊マウスの精巣組織を培養して、精子産生にも成功した。

「不妊症のマウスは、Kitリガンドという精子形成の促進に関わる成長因子が欠損しているのですが、そのマウスの精巣の組織片を取ってきて培養し、Kitリガンドをそこに入れると、精子形成が始まったのです。つまり、体の中のオリジナルの精巣でできなかったことが、体外で培養できたわけです。これはインパクトがある研究結果でした」

また、この研究を発展させた体外移植培養法では、単離(混合物からの純物質を取り出す)された精子幹細胞や細胞株からも、培養下で精子を作ることができた。マウスの精子が形成されるまでの期間は35日間ほど。その工程を体外の培養下で可能にしたのは世界で初めてだという。

これら研究の意義は、ブラックボックスである体内の精巣内で起こっていることを、体外での培養により実現してみせたことだ。

同じカテゴリーの最新記事

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート12月 掲載記事更新!