ようこそ!!がん哲学カフェへ

がん哲学――それは人生をリセットさせる方法
「人生に期待する」のではなく「人生から期待されている」

取材・文●常蔭純一
発行:2013年11月
更新:2014年7月

  

「がん哲学外来」が順天堂大学医学部附属順天堂医院で開かれたのが2008年。それから5年、「がん哲学」を作った病理・腫瘍学教授の樋野興夫さんの真髄は徐々に全国へと広まり、なんと32カ所で「がん哲学カフェ」が開かれています。そして今回、このがんサポート誌上にもがん哲学カフェがオープンしました!


樋野興夫 ひの おきお
順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている 

たった1つの質問で患者さんが変わる

あなたは何のために生まれてきたのですか――。

私が開設しているがん哲学外来では、訪れた患者さんにそう問いかけます。その言葉を聞くと、不思議なことに、力なくうなだれていた患者さんの表情に生気が戻り、背筋が伸び始めます。

「なぜ自分は生まれてきたのか」

「何のために自分は生きているのか」

元気に毎日を送っていたときには、誰もそんなことを考えることはないでしょう。しかし「がん」と宣告され、「死」を意識すると、がん患者さんには、そうした、人間にとって最も本質的で根源的な疑問が芽生えます。そして患者さんはそのことを誰かと話し合いたいと願います。しかし現実にはそんな場も機会もありません。そうして時間とともに、その疑問は膨らみ続け、患者さんに重くのしかかっていくのです。

がん哲学は、そんな患者さんの存在にかかわる疑問を解き明かすためのいわば人間学です。がん哲学外来では、患者さんの目線で対話を行い、患者さんが抱えている最も深い部分での疑問についての「気づき」を促します。その結果、患者さんは自らの「生」の意味を理解し、それまでとは異なる新たな人生に踏み出すことができるのです。

患者さんを知ることも病理医の仕事

私が「がん哲学」という言葉を初めて使ったのは、2001年、ある学術論文を執筆したときでした。その2年後、がん病理学の巨人、吉田富三先生の生誕100周年記念事業の準備を進めるために、先生の著作を学ぶことで、がんという病気そのものに哲学が介在していることを知りました。

さらにその2年後、私は在籍している順天堂大学医学部附属順天堂医院で、アスベスト・中皮腫という難治がんの患者さんの相談を受け始め、がん患者さんには深いレベルでの哲学的な対話が必要だと思い知ったのです。

それは私自身のとっても大きな意味のある経験でした。一般には、私たち病理医の仕事は顕微鏡を通して病気と相対することと考えられがちです。しかしそれだけではありません。実は患者さんの風貌、立ち居振る舞いから、患者さんが何に対して病んでいるかを見極めることも重要な病理医の仕事なのです。中皮腫の患者さんと接することで、私は病理医の役割の大切さを再確認することができたのです。

それからほどなく、病院の勧めに応えて、私は「がん哲学外来」を開設したのです。予想をはるかに上回る患者さんが殺到し、がん患者さんの悩みの深さを再確認せざるを得ませんでした。

がん患者さんに共通する「生」への疑問

がん患者さんの悩みは「人間関係」「仕事」「治療への不安」さらには「死への恐れ」など、人によってまちまちです。しかし、実はその根っこの部分は共通しています。それは「なぜ自分は生まれてきたのか」という、自らの「生」についての疑問なのです。

健康で元気なときには、人は誰もそんなことを考えません。仕事や趣味で他の人たちと張り合い、絶えず競争を繰り返しながら生きているものです。そして会社での肩書や他者からの評価を自分自身だと思い込んでいる。

しかしがんを患い、それまでと同じことができなくなると、そうした表層部分でのラベルが剥がれ落ち、素の自分だけが残されます。そうなると人間は弱いものです。患者さんは自らの無力や所在無さを痛感し、「自分は何のために生まれてきたのか」と思い悩むことになるのです。その結果、家族や周囲の人たちとの関係にも行き違いが生じ、さまざまな現実的なトラブルも生じます。

しかしそうした悩みは、人生の本当の意味を理解していないことから起こっています。元気なときにはなかなか気づくことはありませんが、人はみな誰でも、その人にふさわしい使命や役割があるのです。どんな人でもどこかに必ず誰かがその人を必要としています。その誰かのために生きることこそ、その人の使命であり役割なのです。

がん哲学はそうした自分自身の使命、役割について気づきをもたらすものです。そして気づきが生じると、その人には、精神的な余裕が生じ、死をも恐れることのない強さが生まれるのです。

言葉を替えると、フランクルの如く、それまでは「人生に期待していた」生き方が「人生から期待される」あるいは「他の人たちから期待される」生き方へと変わります。そして、そうした生き方の変化がその人の心を豊かにし、さらに周囲の人たちをも幸福に導いていくのです。

哲学することで人生をリセットし、人は生まれ変わることができる。

がん哲学外来に来られた患者さんが、1人の例外もなく、来訪されたときとは別人のように明るい笑顔で帰って行きます。それはがん哲学の力を何より端的に物語っているといえるでしょう。

フランクル=ヴィクトール・フランクル。精神科医、心理学者。アウシュビッツ強制収容所での体験をもとにした『夜の霧』の著者

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