ようこそ!!がん哲学カフェへ 2

「恋人や友人が去って行ってしまった」

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
発行:2013年12月
更新:2014年7月

  

乳がんのステージⅡと診断されました。これから手術や抗がん薬治療を受けることになっています。再発の不安を抱えながら、治療と仕事を両立させる日々のことを考えるとどうしても気が滅入ってしまいます。

恋人や友人と一緒にいても、楽しい気持ちになれず、自分だけがなぜ、こんな思いをしなくてはならないのかと、不条理を感じて苛立ちが募り、八つ当たりをすることもしばしばです。最近では、友人たちは私を敬遠し始め、恋人とも疎遠になってしまいました。前向きに生きなくてはならないと頭ではわかっているのです。でも、そのための第一歩が踏み出せません。どうすれば以前のようにハッピーに毎日を生きられるのでしょうか

(T・Kさん 32歳 商社勤務)

「人生いばらの道でも、宴会を」

ひの おきお 1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている

これから自分の人生はどうなるのだろうか。治療はうまくいくのだろうか。そもそも、どうして自分はがんになってしまったのだろう。当たり前のことですが、がん患者さんは皆、さまざまな悩みや葛藤を抱えています。

もっとも、実際には、そうした悩みや葛藤は解決されることはありません。患者さんがどんなに思い詰めても、がんを患っている現実は変わらないのですから。にもかかわらず自問自答をくり返し、自分を追いつめ続けていく。その結果、人に心を開けなくなり、ますます苦境に陥っていくのです。T・Kさんもその一例かもしれません。

この苦境を打開するには、解決を求めようとはしないこと。そして日々の暮らしの中に、どんなささやかなことでもいいから、JОYFUL(歓び)を見つけることです。

旧約聖書には、「毎日が宴会」という記述が見られます。私はその言葉を基にがん患者さんに「人生いばらの道でも宴会を」と話しています。

ここでいう「宴会」とは、生きていることに歓びを感じられるひとときのことを指しています。そうした歓びを持つことで、心には余裕が生じます。

その結果、それまではその人の心の中で、多くの部分を占めていた病気や治療についての悩みや葛藤が小さくなり、前向きに日々の暮らしと向き合えるようになる。

つまりがんを患ったという問題は解決されないものの、それに付随した悩みは解消される。それこそががん哲学の目指しているところです。

まず何かに興味を持ってみる

頭では前向きになろうと思っていても、いざ現実に向き合うと、とてもそんな気持ちになれないという人もいるでしょう。質問を見ると、T・Kさんもそうした1人とお見受けします。私は、そんな人に対して、2つのアドバイスを行っています。

まず1つは今一度、自分自身の日々の暮らしを見直してみることです。その中には、必ず、それまで気づかなかったJОYFULの芽が隠れているからです。

たとえば、毎日の出勤の途中に通る公園の脇にきれいな花が咲いているかもしれない。その花を愛でてみてはどうでしょう。最初はつまらないことと思うかもしれない。でも続けているうちにその花を愛しく思い、その変化に季節を感じることを歓びに思うようになるかもしれません。

要はどんな小さなことでもいいから、何かに興味を持ってみること。そこからJОYFULの芽がどんどん膨らんでいく。それが心の余裕につながり、忘れていた笑顔を取り戻させてくれるのです。笑顔が戻れば、また人もその人の周りに集まるようになるでしょう。

人と交わり自分の役割を見つける

もう1つは、積極的に外に出ていくということです。がん患者さんの中には、気持ちが滅入ってしまい、休日でも自宅に閉じこもってしまうことが少なくありません。しかし、それではふさぎの虫が幅を利かせるばかりです。

逆に気持ちが滅入っているからこそ、積極的に外に出て、従来の知人、友人も含めて多くの人たちと接して、「宴会」の時間を持つようにすることです。

がん患者さんなら「患者会」に顔を出して、自分と同じように落ち込んでいる人たちと接するのも効果的でしょう。一般的には落ち込んでいる者同士が一緒になっても、マイナス効果しか生じないと思われがちです。

しかし、実際のところは違っています。困っている者は互いに自分が相手を支えなくてはと考えます。それが励みになって、それぞれが元気になっていくのです。

小学校の算数の授業でもマイナスを掛け合わせると、プラスになると教えられたのではありませんか。それに、こうして人と接することには、もう1つ、とても大きな意味が潜んでいます。それはそうした人との出会いの中に、自分の本来の役割を理解できる可能性が潜んでいるということです。

これはがん哲学外来で必ず話すことですが、人間には誰しも生まれ持って与えられた「本来の役割」があります。それは自分以外の誰かを支え、ともに生きるということです。

積極的に外に出て多くの人たちと交友を広げることで、その対象となる人と巡り合うことも十分に考えられる。そうして自分の役割が見つかると、人生は劇的に変化します。「いつまでの命かはわからないが、今日は花に水をやる」という心境に到達できる方もいらっしゃいました。そのためにも日々の暮らしに「宴会」の時間を持つようにしたいものです。

がん哲学カフェも、そうした「宴会」の1つといえるかもしれません。私との対話によって思いの丈を吐きだした患者さんは、例外なく笑顔で帰られていく。それは心を開放することで得られた歓びの表情に他なりません。

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