ようこそ!!がん哲学カフェへ 8 「会話」と「対話」の違いについて❷

医師が怖くて話しかけられない

樋野興夫 順天堂大学医学部病理・腫瘍学教授
取材・文●常蔭純一
発行:2014年6月
更新:2014年9月

  

ステージⅡの乳がんで摘出手術を受けました。その後は月に1度検査を受けながら、ホルモン療法中です。今はがんになったことは仕方ないと考えることができるようになりました。しかし、生活のことを考えると、不安が募ります。

担当の医師はいつも忙しく、病気や治療以外のことを話しても、相手にしてもらえそうにありません。1度、思い切って話を切り出しましたが、素っ気ない対応しかしてもらえませんでした。そのときに、別の先生が担当だったらよかったのにと思わざるを得ませんでした。わだかまった気持ちをどう解消すればいいのでしょうか。

(T・Kさん、女性45歳)

大切なのは「暇げ」な風貌

ひの おきお 1954年島根県生まれ。順天堂大医学部病理学教授、医学博士。(財)癌研究会癌研究所病理部、米国アインシュタイン医科大学肝臓研究センター、米国フォクスチェースがんセンター、(財)癌研究会癌研究所実験病理部部長を経て現職。2008年より「がん哲学外来」を開設し、全国に「がん哲学カフェ」を広めている。現在32カ所の「がん哲学カフェ」での対話をはじめ、全国で講演活動を行っている

患者さんにとっては、同じことを伝えられるにしても、その言葉が誰から発せられたのかによって、その言葉の意味や重さがまったく違ってきます。日ごろから敬愛し、信頼している医師の言葉は素直に受け止めても、信頼関係ができていない医師の言葉は、どうしても軽く受け止められがちです。

前回のこのコーナーでは、医師と患者さんの間で交わされる「会話」と「対話」の違いについてお話しましたが、患者さんから信頼される医師とは、患者さんへの共感がこもった「対話」ができる医師といってもいいでしょう。

個々の患者さんに最もふさわしい治療を行うには、患者さんとの信頼関係が不可欠だし、患者さん自身についても詳しく知っておくほうがいい。そのためには表面的な「会話」だけではなく心の通い合う「対話」が不可欠です。

もちろんそのことは医師自身もよく承知しているようで、私自身も哲学外来に訪れた医師から、「患者さんが心を開いてくれない」と悩みを打ち明けられることも再三です。T・Kさんの担当医も、そうした「対話」能力が少々、不足しているのかもしれません。

では、患者さんから信頼される医師と敬遠されがちな医師では、どこがどう違うのでしょうか。私はこの2つのタイプの医師の違いについて語るとき、いつも「風貌の違い」を指摘しています。

もちろん、この場合の「風貌」という言葉は、単に外見のことを指しているのではありません。その人の表情や立ち居振る舞い、さらに言葉の選び方や話し方までをひっくるめた、その人の総体を風貌という言葉で表現しているのです。

患者さんから信頼される医師は表情にも、話しぶりにも余裕があり、ゆったりとした雰囲気が漂っているものです。言葉を替えれば、「暇げな医師」といってもいいでしょう。

一方、患者さんから疎んじられる医師は、いつも気忙しくしており、患者さんから見れば、取り付く島もないといった印象を発散しています。

もちろん信頼される医師が本当に暇なわけではありません。その医師も実際には臨床の現場で、寸暇を惜しんで忙しく立ち働いているに違いありません。しかし、不思議なことに周囲には暇そうにしていると思われるほどの余裕が保たれているのです。そしてそれがその医師の人間としての魅力につながっているのです。

出会いを思い出し、人生を学ぶ

もちろん忙しく働き続ける中で、余裕を保ち続けるのは、物理的にも精神的にも並大抵のことではありません。そのためには医療者としての専門知識とは別に、人間の生き方を扱ういわば「人間学」を習得する必要があるでしょう。

ではどうすればその「人間学」を身に着けることができるのでしょうか。

がん哲学外来で、そうたずねられたとき、私はいつも「これまでで最も印象的だった出会いを思い出してごらんなさい」と話しています。

20年、30年、さらに40年と人生を積み重ねていく間には、誰しも、その人の人生に影響を及ぼした出会いを経験しているものです。

私自身についていえば、予備校生だった19歳のときに、ある尊敬できる先輩に出会い、その人からかつて東大総長だった南原繁という人物を教えられ、さらにそこから書物を通して新渡戸稲造、内村鑑三、矢内原忠雄といった私が今も敬愛する先達の生き方を知りました。

その過程で学んだことは、今も私の血肉となって生きています。それが私にとっての人間学ということです。実際がん哲学外来では、私は相談に訪れた患者さんや医師に、必ず彼らから学んだ言葉を伝えています。長い歴史を経て、なおも生命を保ち続けている彼らの言葉は説得力に満ちているのです。

同じように人生を考える端緒となった出会いは、誰もが経験しているはずです。そのときの自分自身について今一度、思い返してみてはどうでしょう。

そして、そこからもう一度、初心に帰って人生や人間について考え直してみる。すると、これまでとは異なる新たな人間観が自然に芽生えていることでしょう。

そうなればしめたもの。今度は自分が患者さんに、自らが学んだことを伝えていけばいい。ずいぶん遠回りのように思われるかもしれません。しかし、結局は、自らを見つめ直すことこそが、患者さんとの良好な信頼関係を築く上での最短ルートなのです。

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